エラベノベル堂

金属スライム、森を守る

全年齢

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1章 / 全10

目を覚ましたとき、最初に感じたのは、寒い、という感覚だった。だがそれは冬の朝の冷えではなく、身体の内側を通り抜けるような、妙に澄んだ冷たさだった。次に気づいたのは、視界が低いことだ。地面が近い。落ち葉の隙間に溜まった露が、やけに大きく見える。俺はたしか、会社帰りに雨の横断歩道を渡っていて、それから先の記憶がない。なのに今は、ぬかるんだ森の片隅で、ぷるりとした感触の自分を揺らしていた。 どう考えても、体が違う。 丸い。小さい。しかも、表面が薄く金属の光を帯びている。水たまりに映った姿は、鈍く輝く雫を固めたような、頼りない塊だった。スライム。そうとしか言いようがない。しかも普通の半透明なそれではなく、鉄粉を混ぜたような灰銀色で、触れた枝がかすかに弾かれる。試しに木の根へ寄りかかると、ぶに、と沈んだあと、芯のある硬さが返ってきた。弱そうに見えて、案外しぶといらしい。 しばらくして、見知らぬ感覚が頭の奥に浮かんだ。硬質、回避、微細感知。言葉にならない断片だが、どうやら自分には妙な長所があるらしい。殴られれば痛いのか、そもそも殴られるのかさえわからない。ただ、枝が落ちてきた瞬間、身体が勝手に横へ滑り、紙一重で避けられた。偶然ではない。そう思うしかなかった。 森は静かではなかった。鳥の鳴き声の向こうで、何かが草を踏む気配がする。小さな獣たちがこちらを警戒し、遠巻きに様子をうかがっていた。水辺に来た狐のような魔物は、俺を見つけると鼻先をひくつかせ、すぐに尾を巻いた。冒険者らしき二人組が森道を通り過ぎたときは、片方が剣に手をかけた。こんな小さな塊にまで警戒するのか、と呆れたが、向こうから見れば、得体の知れない金属の魔物だ。用心するのは当然だった。 言葉も通じない。こちらが何か伝えようとしても、喉がない以上、できるのは揺れることだけだ。結局、その日は茂みの影に潜み、雨をしのげる木の根元で夜を越した。腹は減るが、食べられそうなものはよくわからない。落ちた木の実に触れると、少しだけ表面が溶けるように馴染み、体が満たされる気配がした。どうやらこの身体は、森の恵みを少しずつ吸って生きるらしい。 生き延びることが先だ。 そう決めてからは、俺は森を歩くというより、森の隙間を学んだ。土の柔らかい場所、獣の通り道、雨水のたまりやすい窪み。危険な匂いがする場所では、反射で身をひねるようにして逃げる。ぬかるみに沈んでも、金属じみた体は簡単には壊れない。むしろ、体を縮めて転がれば、木の実を集めるのも早い。ちいさな体は不便ばかりではなかった。 それでも、時折ふと怖くなる。自分は何者で、どこへ向かうのか。人だった記憶は薄れないのに、今の自分は人ではない。その狭間で揺れながら、俺は朝露の光を受けて、静かに森の奥へと身を滑らせた。

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