森の奥へ分け入るほど、音は細くなった。鳥の声も、風に揺れる葉擦れも、どこか遠い。だが静けさの中には、かえって多くの気配があった。土を掘る小獣、木の幹を這う虫、見えない場所で息を潜める何か。俺はそのひとつひとつを、表面に触れるわずかな震えで感じ取るようになっていた。 気づけば、俺は道具を持たないなりの工夫を覚えていた。枝の先に絡んだ実は、勢いをつけて体をぶつけると落ちる。細い茎に寄りかかれば、重さで折れることもない。岩場では、丸く縮んで隙間へ滑り込み、乾いた苔や木の実を拾い集める。人の手ほど器用ではないが、金属めいた体は思ったより働き者だった。表面に付いた露を弾き、ぬかるみを越え、浅い水路をそのまま渡れる。普通なら遠回りする場所を、俺は短い跳ね方で越えていける。 ある日、風に乗って、かすかな金属音が届いた。警戒して身を低くすると、向こうの斜面に、荷を背負った旅人の姿が見えた。若い女だった。片足を引きずり、荷紐を握る手も震えている。足元には、落石にでも遭ったのか、荷物が散らばっていた。彼女は周囲を見回したが、俺の姿には気づかない。気づかれては困る、と本能でわかった。 俺は茂みの陰から、転がっていた木の実をひとつずつ、彼女の近くへ寄せた。最初は風に吹かれた程度にしか見えなかったらしい。だが、実が集まるたび、女は怪訝そうに目を細め、やがてしゃがみこんだ。荷をまとめ直す彼女の指先へ、今度は折れた細枝を押し出す。簡単な留め具の代わりになるはずだ。 彼女は息をのんだ。誰もいないはずの藪が、かすかに揺れたからだろう。しばらく固まっていたが、やがて小さく笑った。 「助けてくれたの、誰?」 返事はできない。ただ、近くの葉がふわりと落ちた。女はその葉を見つめ、少しだけ肩の力を抜いた。 それから数日、俺は彼女の通る道の先で、何度か小さな手助けをした。ぬかるみに落ちそうな荷車の車輪を支え、夜道で転がった松明を風よけの石陰へ導き、渇いた喉に合う泉を知らせる。姿は見せない。けれど、見えない誰かがそばにいると、彼女は次第に理解したらしかった。 やがて女は、森の縁にある古い小屋までたどり着いた。戸口で立ち止まり、彼女は静かに振り返る。 「あなた、いるんでしょう」 その声は、怖れよりも先に、確かめるような優しさを含んでいた。俺は返答の代わりに、戸の前にひとつだけ小さな銀の雫を置いた。それは俺の体から離れた、ごく薄い欠片だった。 女は目を丸くし、それからゆっくり膝をついた。 「きれい」 そのひと言が、胸の内側に妙な熱を落とした。珍しい。気味が悪い。そうではなく、きれいだと。 俺は初めて、自分が隠れるためだけに存在しているのではないのかもしれない、と思った。森の中の小さな生き物として、誰かの不安を少しだけ軽くできるなら、それも生き方のひとつだ。 夕暮れが森を染める。金属の体に赤い光が差し、俺は静かに小屋の屋根の上へ移った。そこから見えた森は、昨日までより少しだけ広く感じられた。
金属スライム、森を守る
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