森の入口まで戻ってきた討伐隊は、誰もすぐには口を開かなかった。夜の名残を抱いた木々のあいだに、朝の光が斜めに差し込んでいる。霧の薄い帯が足元をほどき、濡れた草葉がいっせいに白く光った。 先頭にいた隊長が、折れた枝を拾い上げる。昨日までなら、その手は迷いなく前へ進んでいたはずだ。だが今は違う。彼は森の奥ではなく、空のほうを見上げていた。 「……これ以上、踏み込む必要はない」 低い声が、朝の静けさに落ちる。 「隊長?」 「森は敵じゃない。長く人里を守ってきたものだ」 兵たちがざわめいた。誰かが、さっき崖で見た白い筋の道を思い出したのか、言葉を飲み込む。 「こちらを拒むのではなく、乱れた流れを受け止めていたのだろう。封印も、魔物も、全部をひとまとめにするには、俺たちは見ていなさすぎた」 それは敗北の報告ではなかった。だが、進軍を続ける顔ではない。誰もが森に向けていた刃を、少しずつ下ろしていく。 結奈は、少し離れた場所でその様子を見ていた。結界の外に出てからずっと、彼女は森の入口を見つめ続けている。手の中の枝はまだ握られたままだった。 「……ほんとに、わかったの?」 ぽつりとこぼれた声は、誰に向けたものでもない。だが彼女は何かを感じ取ったように、森の奥へ一歩だけ近づいた。 その瞬間だった。 木漏れ日の下で、ほんのわずかな光が跳ねた。朝日を受けた葉の反射かと思うには、あまりに小さく、あまりに確かだった。 結奈の目が、ぱっと見開かれる。 「……そこ?」 返事はない。けれど、光はもう一度、かすかに揺れた。まるで呼びかけに応えるみたいに。 結奈は笑ってしまいそうな顔で、そっと膝をついた。 「名前、いらないんだよね。ううん、つけない。つけないから……」 彼女は森の奥を見つめたまま、はっきりと言った。 「友達。ここにいる友達」 その言葉に、朝の空気がやわらかくなった気がした。見えない何かが、静かに息をしたようだった。 俺は森の陰で、小さく震えた。見つからない。けれど、届いている。 それだけで十分だった。 討伐隊は撤退の準備を始める。誰かが荷をまとめ、誰かが進路を改める。森の入口に張りつめていた緊張が、少しずつほどけていく。 結奈はもう一度だけ、森へ向かって手を振った。 俺はその気配に応えるように、石の裏でひとつ跳ねた。 もう名前はいらない。姿も、完全にいらない。 メタルスライムのまま、俺はここにいる。 見えないまま、誰かを救うために。 朝日が森を満たしていく。その光の中で、俺は新しい日々へ向かって、静かに跳ねた。
検閲済みプロット
異世界に転生したらメタルスライムになっていた主人公が、危険な世界で知恵と工夫で生き延び、仲間との関係や自分の存在意義を見つけていく物語に書き換える。
