改札を抜けた瞬間、春の空気が思ったよりも冷たくて、美里は思わず肩をすくめた。駅の天井は高く、行き交う人の足音がやけに速い。東北をひとりで巡るなんて大げさかな、と家を出る前は何度も迷ったのに、いざここまで来ると、引き返すほうがもっと難しく思えた。 「よし、まずは案内所……」 手の中には、折り目のついた地図と、昨夜ぎりぎりまで書き足したメモ。観光地の名前に丸をつけ、矢印まで引いた自分を見て、少しだけ頼もしい気分になる。ところが、窓口で道をたずねた途端、その気分はあっさり崩れた。 「この先のバス、どっちに乗ればいいですか」 案内所の人はにこやかに答えた。やわらかい言い回しだったのに、聞き慣れない響きがいくつか混じっていて、美里の頭の中では意味が半分ほどすり抜けた。 「えっと、右のほう……ですか?」 「いや、そっちだと逆ですって」 「逆、ですか」 自分でも驚くほど真顔だった。なのに、案内所の奥から聞こえた小さな笑い声で、ようやく自分がかなり見当違いの方向へ進もうとしていたのだと気づく。 「観光バスの乗り場、もう一度ご案内しますよ」 その声に振り向くと、駅員らしい制服の男性が、ひょいと手を上げていた。彼は美里の地図を見て、次の便の行き先を指でなぞりながら、短くわかりやすい言葉に言い換えてくれる。 「最初の目的地なら、こっち。今のは別路線です」 「わ、すみません。完全に逆に行くところでした」 「いえいえ。旅の最初はそういうこともあります」 そう言われると、ますます顔が熱くなる。美里は何度も頭を下げて、案内された方向へ歩いた。背中のほうで、案内所の人が 「真面目そうなのに、ちょっとあわてんぼうだね」 とでも言いたげな気配で笑っているのがわかる。 本人は大真面目なのに、どうも周囲には慌てた旅行者として記憶されてしまったらしい。美里は地図を握り直し、次こそは間違えないぞと小さく息を吸った。けれど、駅前に流れる春風は、もう一度だけ彼女のメモをめくり上げるように吹き抜けていった。
方言まちがい旅日記
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