エラベノベル堂

方言まちがい旅日記

全年齢

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2章 / 全10

駅を出てしばらく歩くと、通りの角に小さな食堂があった。湯気の立つ暖簾の向こうから、だしの匂いがふわりと流れてくる。美里は思わず足を止めた。地図にも載っていた、地元の味が食べられる店だ。 「いらっしゃい。初めてかい?」 「はい。おすすめ、ありますか」 「あるある。ここなら、はっと汁か、ずんだの定食だね」 店主の言葉を、美里は真剣な顔で聞き取ろうとした。けれど、はっととずんだが頭の中で少し入れ替わる。さっきから方言の響きに慣れようとしていたのに、肝心なところでまたつまずいた。 「じゃあ、その、はっとの定食をお願いします」 「はっとでいいのかい?」 「え、はい。名物ですよね」 店主は一瞬だけ目を丸くし、それから肩を揺らして笑った。 「いやいや、そっちは汁のほうだよ。定食にするなら、こっち。聞こえ方が似てるから、たまにあるんだ」 運ばれてきた皿を見て、美里はさらに固まった。思っていたよりもずっと、見た目も香りもにぎやかだったからだ。 「これ、合ってますか……?」 「合ってる合ってる。まず食べてみな」 隣の席の年配の客が、箸を止めて覗き込みながらにやりとした。 「ほら、そういう時は『はっと』は汁だべ。ここは笑って食えば勝ちだ」 「笑って食べる、ですか」 「そうそう。わかんねくても、うまけりゃ正解さ」 その言い方が妙におかしくて、美里はつい吹き出した。店内にも笑いが広がる。自分だけが取り残されたような気持ちだったのに、誰かがひと言添えるたび、そこに座るのが少し楽になる。 「……じゃあ、これでよかったんですね」 「よかったよかった。旅先じゃ、間違いもごちそうだ」 箸を進めるうちに、さっきまで引っかかっていた耳の違和感が、少しずつほどけていった。わからない言葉が怖いのではなく、知らないまま飛び込むのが怖かったのだと、美里は遅れて気づく。 食べ終わり、お茶をひと口飲んだときだった。店主がカウンターの下を探っているのが見えた。 「おや、メモどこやったかな……さっきまでここに」 床に落ちた紙片を、美里が先に見つけた。彼女は立ち上がって、それを両手で差し出す。 「これですか?」 「おっと、助かった。ありがとう」 店主はメモを受け取って、のぞき込んだあと、奥へ向かって声を張った。 「悪い、次の仕込み、そっちに回しといてくれ!」 それだけのことなのに、店内の空気がまた少し動いた。誰かの返事がして、別の客がうなずき、店主は満足そうに頷く。美里は、自分の出した紙切れがこんなふうに人をつないでいくことに、妙に温かいものを覚えた。 外へ出るころには、さっきまでの気まずさが、湯気みたいに薄れていた。方言はまだむずかしい。でも、笑われるばかりではないのだと知れた。美里はメモをしまい直し、店の暖簾を振り返って小さく会釈した。次に誰かの言葉を聞き違えても、きっと今日ほど慌てずにいられる。たぶん。

2章 / 全10

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