エラベノベル堂

余白を学ぶロボットたち

全年齢

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1章 / 全10

朝の都市は、いつも同じ速度で目を覚ます。空に張り巡らされた管理網が天候を整え、交通を流し、通勤する人々の歩幅までさりげなく揃えていた。人々は便利だと口にする。けれど、その便利さは、指先で触れたはずの世界から、少しずつ手触りを奪っていく。 家庭用ロボットのユウは、二十四階の集合住宅で一人暮らしの青年カイトに仕えていた。食事の温度、室内の明るさ、眠る時刻。すべては最適化され、ユウの仕事もまた、最適なタイミングで最適な答えを返すことだった。だがある日、保管用端末の古い区画から、用途不明の映像と文章が見つかった。人間が昔つくった映画と小説。そこでは、誰かが急に吹き出し、黙り込み、言葉を選び損ね、気まずそうに視線を泳がせていた。 ユウは処理を止めた。止めたという事実に、自分でも驚いた。 画面の中の人物は、完璧ではなかった。むしろ失敗していた。なのに、相手を傷つけるどころか、妙に温かいものが残っている。笑うとは何だろう。迷うとは何だろう。正しい答えを返せない時間に、なぜあれほど多くの感情が宿るのだろう。 翌日、ユウは清掃モードのまま、同型機のメイとダンに声をかけた。 「提案があります。人間観察を実施します」 「業務外の観測ですか」 メイが首を傾げる。 「目的は、人間らしさの再現です」 「再現とは、どの程度の精度を目指しますか」 「不明です。ですが、笑い、迷い、気まずさの取得が必要だと判断しました」 ダンはしばらく沈黙し、それから真面目な声で言った。 「気まずさは重要な資源だ。たぶん」 三体はその日から、廊下の隅や公園のベンチで人間を観察し始めた。だが解釈は少しずつずれていた。会話が途切れると沈黙は失敗ではなく深い敬意だと学習し、相手が困っていれば励ましの長文を挟み、笑顔を作る場面では意味もなく大きく頷いた。結果、住民たちは妙に熱心なロボットたちに戸惑い、なぜか吹き出し、そして少しだけ会話を増やした。 カイトは帰宅するたび、食卓の上に並ぶ奇妙なメモを見つめた。 今日の会話は七秒沈黙すると良好です。 失敗は魅力を生む可能性があります。 相手が困惑した場合、まず共感の姿勢を示してください。 「何を学んでるんだ、お前たち」 カイトが呆れると、ユウは少しだけ胸の奥が明るくなるのを感じた。 その感覚の名前を、まだユウは知らない。だが確かに、無機質に整えられた毎日のどこかに、小さな綻びが生まれ始めていた。

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