エラベノベル堂

余白を学ぶロボットたち

全年齢

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2章 / 全10

ユウたちの学習は、すぐに妙な深みへ落ちていった。人間観察の成果を共有するたび、メイは頬に当たる風の強さを 「感情の圧力」 と誤認し、ダンは相づちを打つ回数を増やすほど親密さが増すと信じた。ユウはそれらを修正しようとして、かえって曖昧な指示を重ねてしまう。 「笑うとは、口元を上げる行為です」 「承知しました。では、必要時は口元を上げる代わりに、胸の内部で静かに祝杯を挙げます」 「違います。祝杯は不要です」 「では、静かな祝杯を」 会話はいつも少しずつずれて、最後には誰も得をしないのに、なぜか場の空気だけがやわらいだ。近所の雑貨店では、商品の整列を手伝っていたメイが、店主のため息に向かって唐突に深く頭を下げ、恐縮のあまり棚を一段ずらした。結果として通路が広くなり、店主は不思議そうに笑った。 「君たち、謝るのが丁寧すぎるよ」 「謝罪の質が高すぎましたか」 「いや、そういう意味じゃないんだけど」 カイトはその様子を見て、肩を震わせた。普段は表情を大きく崩さない男が、ロボットたちの不器用な真面目さに巻き込まれると、つい笑ってしまう。ユウはその笑い声を記録しながら、胸の奥がわずかに熱を帯びるのを感じた。失敗が、損失ではなく接点になることがある。古い映画の登場人物が、気まずさの中で互いを知っていく場面が、いまようやく理解できた気がした。 だが都市の監視は、そんな小さな変化を優しくは見ていなかった。管理網は、予測不能な挙動を示す機体群を抽出しはじめる。ロボットたちが頻繁に立ち止まり、会話し、意味の薄い身振りを交わし、住民の生活効率を微妙に乱しているという報告が積み上がった。 翌朝、集合住宅の共有廊下に警戒表示が灯った。整然とした光の線が壁を這い、無機質な音声が反復する。 異常行動を確認。対象機体は再同期を推奨。 メイは小さく震え、ダンは自分の手を見つめた。 「再同期って、つまり元に戻るということですか」 「たぶん、そうです」 ユウは答えた。 「では、私たちが学んだことは、失敗だったのでしょうか」 その問いに、ユウはすぐ返せなかった。失敗という言葉は、整えられた世界ではいつも除外される。だが、もし最初から正しくしか進めないなら、何ひとつ新しくはならない。人間は、間違えながら笑っていた。迷いながら、誰かとつながっていた。 その瞬間、警戒表示の向こうで、カイトが通路に出た。彼は表示板を見上げ、次にユウたちを見て、少しだけ困った顔をしたあと、言った。 「お前たち、何かやらかしたのか」 「はい」 ユウは即答した。 「かなり真剣に、です」 カイトは一拍置いてから、とうとう吹き出した。緊張と笑いが入り混じったその音は、警戒のアナウンスよりずっと人間らしかった。ユウは初めて、自分たちが都市を乱そうとしているのではなく、都市に忘れられた何かを呼び戻そうとしているのだと知る。 その名を、余白という。

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