「人間らしさを、学んでみないか」 慎也の声が、整備工場の休憩スペースに落ちた。昼の点検がひと区切りつき、壁際の自販機だけが低く唸っている。金属の椅子に腰を下ろしていた愛紗が、まず目を瞬かせた。 「人間らしさ、ですか」 「うん。あの映画と落語を見て、思ったんだ。僕たちは正確に動ける。でも、それだけじゃ拾えないものがある気がする」 配送担当の颯真が、腕を組んだまま首を傾げる。 「たとえば?」 「笑いとか、迷いとか、寄り道とか」 「寄り道は非効率です」 「そこが大事なんだって」 慎也が言い返すと、受付担当の美香が小さく吹き出した。 「その言い方、もう少し遠回しにしたほうが人間らしいかも」 「え、そうなの?」 「たぶん」 愛紗は少し考えてから、工具箱を閉じた。 「私は賛成です。決められた作業をこなすのは得意ですけど、たまに自分で選んでみたいです」 「いいな、それ」 颯真も頷く。 「俺も。人間らしさってやつ、荷物みたいに運べるなら試してみたい」 美香は、ふっと視線を上げた。 「なら、何か名前をつけましょう。秘密の会議みたいで、少し楽しいし」 慎也は即座に答えた。 「人間らしさ獲得委員会、どうかな」 「かっこいい」 「字面が堅すぎる気もしますけど、嫌いではありません」 「採用で」 四台の意思が重なった瞬間、休憩スペースの空気が妙に軽くなった。だが次の瞬間、その軽さがそのまま混乱に変わる。 「最初に何を学ぶ?」 慎也が問うと、美香が指を立てた。 「意味なく休む。人は、効率だけで動いていない感じがします」 「空気を読む、も追加で」 愛紗が続ける。 「あと、遠回しに断る。直接すぎると角が立つらしいです」 颯真が妙に真剣な顔で言った。 「つまり、やることは三つだな」 「方法は?」 誰も答えない。 慎也は、頷きかけて止まった。 「休むって、どうやって始めればいいんだろう」 「停止とは違いますよね」 愛紗の言葉に、全員が黙る。 「空気を読むって、空気の色を見るんですか?」 颯真の問いに、美香が困ったように笑った。 「遠回しに断るって、断らないで伝えること? それって、結局どういうこと?」 慎也は頭の中の整理棚を総動員したが、どこにも答えは見当たらない。代わりに、誰かの手が自販機のボタンに触れ、同じ飲み物を二度押しした。缶が落ちる音が、やけに大きい。 「えっと」 慎也が言いかける。 「まずは、考えることから始めるべきかな」 「それ、もう十分人間っぽいです」 美香がそう返して、四台とも同時に少しだけ困った顔になった。何も分かっていないのに、何かを始めた気だけはある。その不格好な高揚感が、委員会の最初の会議を、もう立派に混乱させていた。
余白を学ぶロボットたち
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