エラベノベル堂

果実と野菜のパティスリー

全年齢

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1章 / 全10

真央は、薄く透ける果実の断面を見つめながら、指先に神経を集めていた。まな板の上では苺が艶を返し、隣では桃の皮がするりと剥けていく。朝の光が厨房の白い壁に跳ね、甘い香りだけが静かに満ちている。彼女はそれが好きだった。旬の果物は、手を入れすぎなくても完成している。だからこそ、少しの迷いも許されない。 「真央、相変わらず顔が真剣すぎるぞ」 背後から店長の声が飛んだ。真央は振り向かずに答える。 「だって、今日の盛り合わせは顔なんです。最初の一口で決まるんですよ」 「その意気込みは結構。でも、少し肩の力を抜け」 「抜いたら、苺の艶が死にます」 「そこまで言うか」 真央は小さく鼻を鳴らし、皿の上にカットした果実を並べた。色の対比、角度、余白。どれも気を抜けば崩れる。人気フルーツパーラーの看板を預かる身として、彼女は一切の妥協を許したくなかった。 そのとき、厨房の奥で箱が床に置かれる鈍い音がした。 「仕入れが届いたぞ。今日はちょっと変わり種だ」 店長が段ボールを開けると、中には見慣れない野菜がぎっしり詰まっていた。細長いもの、丸いもの、色づきの強いものまで、まるで宝石箱をひっくり返したみたいに鮮やかだ。 「……野菜?」 真央の手が止まった。 「農園の人が、味見用にってな。食べてみるか?」 「ここはフルーツパーラーですけど」 「知ってる。だからこそ、面白いだろ」 真央は眉をひそめた。野菜は嫌いではない。だが、彼女にとってそれは主役ではなく、あくまで料理を支える脇役だった。デザートに入れるなんて、考えたこともない。 「……試食だけですからね」 店長がにやりと笑い、ひとつを半分に切って差し出す。真央は警戒したまま、それを受け取った。ひんやりした断面から、草の匂いとは少し違う、甘い香りが立ちのぼる。 「香り、弱くないですね」 「だろ」 「でも、野菜でしょう」 「その先は食べてからだ」 真央はため息をつき、恐る恐る口に運んだ。噛んだ瞬間、彼女の目が見開かれる。 「え……」 舌に広がったのは、青さではなく、驚くほど丸い甘みだった。果実よりも静かで、けれど確かに蜜を含んでいる。真央はもう一口かじり、言葉を失ったまま立ち尽くした。 「どうだ?」 店長の問いに、真央はしばらく答えられなかった。やがて、絞り出すように小さくつぶやく。 「……想像より、ずっと甘いです」

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