エラベノベル堂

果実と野菜のパティスリー

全年齢

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2章 / 全10

透は、混み合う店内の奥で一度だけ立ち止まった。ショーケースの中には、見慣れた苺の赤よりも、かぶの白やビーツの深い紅が目立っている。客たちの視線は新鮮そうにそこへ集まるのに、透の胸にはなぜか、満ち足りなさではなく空洞のようなものが広がっていた。 それでも彼は翌日も新作を作った。果物の甘みを引き立てるはずの野菜を、今度はさらに際立たせようとして、香りを重ね、色を重ね、食感まで変えた。完成した皿は確かに珍しく、話題性もあった。けれどひと口食べた客の表情は、驚きのあとに少し曇る。美しいのに、どこか落ち着かない。甘いのに、心がほどけない。透はその微妙な反応を見て見ぬふりをした。 そんなある夕方、長く通ってくれている常連の女性が、静かにグラスを置いた。 「透くん、ここってやっぱり果物の店でしょう」 その声は叱るでもなく、責めるでもなく、ただ真っ直ぐだった。隣で皿を下げていた店員も、小さくうなずく。最近は新しい客が増えて賑やかになったが、前からの客が求めていたのは、季節の果実がきらめくあの明るさだったのだ。 透は返す言葉を失った。野菜の美しさに気づいたあの日から、自分は何かを広げたつもりで、いつの間にか大事な輪郭を見失っていたのかもしれない。フルーツパーラーの看板を掲げている以上、主役が誰であるかを忘れてはいけなかったのだ。 閉店後、ひとり残った厨房で透は試作を始めた。苺のムースに、ほんの少しだけかぼちゃのクリームを合わせる。桃のジュレには、香りのやわらかなセロリを薄く忍ばせる。前に出すのではない。果物の輪郭を、野菜がそっと支える。甘さは明るく、香りは奥行きを増し、見た目は透き通るほど華やかだった。 翌朝、最初のひと皿を口にした常連客が、目を丸くした。 「変わらないのに、前より好きかもしれない」 その言葉に、透は思わず笑った。踏み外したと思っていた寄り道は、ただ迷っただけではなかった。果物の輝きを、以前より深く知るための遠回りだったのだ。 ショーケースの中央に、苺と柑橘と小さな緑が並ぶ。透はその色合いを見つめながら、ようやく胸を張った。フルーツパーラーは、少しだけ新しい顔で、もう一度息を吹き返していた。

2章 / 全10

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