目を開けたとき、見えたのは白い天井ではなかった。木の梁が低く走り、薄い煙の匂いが染みついた天井だった。寝台の上で上体を起こすと、粗い麻布の服が肌に触れ、知らない窓から朝の光が斜めに差し込んでいる。胸の奥で、何かが遅れて鳴った。事故。揺れる視界。途切れた音。そして今、自分は生きている。だが、ここがどこなのかは分からない。 扉がきしんで、年配の男が顔を出した。こちらを見て、すぐに頬をゆるめる。 「お、起きたか。無理するなよ。お前、昨日の夕方に倒れてたんだ」 言葉は理解できた。なぜか、意味も自然に胸へ落ちてくる。だが、返す言葉はうまく見つからない。主人公は自分の口から出たかすれた声に、自分で驚いた。 「……ここは」 「リオ村だよ。お前は村はずれの小屋で暮らしてる、ただの働き手だ。まあ、名前はミナトだったか。覚えてるか」 ミナト。その名に、薄い霧のような感覚がよぎった。以前の自分の名が、遠いガラス越しに見える。だが、握ろうとすると指の間からほどけていく。 村は小さい。畑があり、井戸があり、家々は肩を寄せ合うように並んでいた。石畳などない土の道を、子どもたちが笑いながら走り抜ける。見知らぬ人々は、主人公を特別扱いしない。誰かの息子でも、貴族でも、選ばれた英雄でもない。ただのミナトとして、空き樽を運び、薪を拾い、遅れてきた朝仕事に加わるだけだ。 それが、妙に楽だった。 前の世界での自分は、いつも何かに追われていた。時間に、数字に、見えない期待に。だがここでは、鍬の重さ、風の冷たさ、焼きたての粥の匂いが、世界の輪郭を静かに教えてくれる。失くしたはずのものが多すぎて、逆に肩の力が抜けたのかもしれない。 昼下がり、畑の端で壊れかけた木枠を見つけた。支柱を組み直し、縄の結び目を変えると、ぐらつきは驚くほど減った。たまたま知っていただけの簡単な工夫だったが、作業していた女が目を丸くした。 「そんなやり方、あったのかい」 「前に、似たものを見たことがあって」 曖昧に笑ってごまかすと、彼女は納得したように頷いた。村の人々は、少し便利になることにとても正直だ。翌日には別の家からも声がかかった。水桶の取っ手、戸の軋み、雨どいの傾き。大したことではない。それでも、直せば誰かが助かる。 夕暮れ、主人公は畑の外れに立ち、遠くの山を見た。空は茜に染まり、風の中に土と草の匂いが混じっている。自分は何者なのか、まだ分からない。だが、名もない村人として始まる人生にも、歩いていける道はある気がした。 そのとき、村の鐘が一度だけ鳴った。短く、鋭く、いつもの夕刻とは違う合図だった。広場の方で誰かが叫ぶ声がする。ミナトは振り返り、手にしていた木槌を握り直した。穏やかな明日があるなら、それを守るのに理由はいらない。そう思いながら、彼は村の中心へ走り出した。
村人として生き直す
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