広場へ駆けつけると、そこでは数人の村人が、ひとつの荷車を囲んで言い争っていた。荷台には小麦の袋が二つ、壊れた樽がひとつ、そして濡れた布に包まれた壺が積まれている。荷車を引いてきた男は、険しい顔で腕を組み、村長らしき老人は困り果てたように眉を寄せていた。 「道がぬかって、麦を半分こぼしたのだ」 男の声は荒い。対する村の者も負けていない。 「そちらの積み方が悪い」 「いや、そもそも約束の量が違う」 ことの大小より、互いの面子が先に熱を持ってしまった空気だった。ミナトはすぐに割って入ることもできず、少し離れた場所で様子をうかがう。村長が彼に気づき、助けを求めるような目を向けた。 「ミナト、お前は手が早い。荷を見てやれんか」 近づいてみると、荷車の車輪は片方が泥を噛み、軸がわずかに傾いていた。これでは細い山道で揺れたのも無理はない。ミナトはしゃがみ込み、濡れた縄や積み方を確かめる。樽の蓋は緩み、壺は布でくるまれていたが衝撃を受ければ危うい配置だった。 「荷をまとめ直しましょう。壊れた樽は空にして、軽いものを上へ。重い袋は前後で挟んで、縄は二重にすると揺れに強いです」 言い終えてから、周囲の視線に気づく。村人たちが、けげんな顔から少しずつ納得の色へ変わっていく。男は不満げに鼻を鳴らしたが、やがて渋々うなずいた。 手分けして荷を組み替えると、荷車は先ほどよりずっと安定した。ついでに、軋んでいた軸へ木片をはさみ、泥を落としてから油を差す。ほんの少しの工夫で、物の機嫌は驚くほど変わる。作業が終わるころには、争っていた声もいくぶん低くなっていた。 「……助かった」 最初にそう言ったのは荷車の男だった。村の側も、肩の力を抜く。誰かが笑い、誰かが麦袋を担ぎ直す。たったそれだけで、広場の空気はほどけていった。 その夜、ミナトは自分の小屋に戻る途中で、畑の脇に人影を見つけた。昼間に木枠を直した女が、月明かりの下で何かを抱えている。近づくと、それは干した草をまとめた束だった。 「これ、明日の分。あんた、こういうのも得意かい」 「少しなら」 「なら、うちの納屋も見てくれないかね。隙間風がひどくて、冬が来たら困る」 頼まれるのは、前なら面倒だったかもしれない。けれど今は違う。必要とされるたびに、自分の居場所がひとつずつ形を持っていく気がした。 その帰り道、空には星が薄く瞬いていた。遠くで犬が吠え、どこかの家から笑い声が漏れる。ミナトは足を止め、ふと胸の奥に小さな違和感を覚えた。事故の記憶は曖昧なままだが、どうして自分はこんなにも道具の扱いに慣れているのだろう。なぜ、結び方や積み方を知っているのか。 考えかけて、彼は首を振った。今は答えを急ぐ必要はない。ただ、明日も誰かの役に立てるなら、それでいい。 そう思った瞬間、小屋の前に置かれた見慣れない木箱が目に入った。昼にはなかったものだ。蓋に刻まれた印を見て、ミナトは足を止める。そこには、彼が前の世界でよく知っていた会社の略符と、まるで別の意味を持つように、静かに月光を吸い込む文字が並んでいた。
村人として生き直す
全年齢小説ID: cmnfntwl6002j01o7u1ilk2zn
