目を開けた瞬間、見知らぬ青が視界いっぱいに広がった。雲ひとつない、やけに澄んだ朝だった。次いで頬を撫でたのは、土と草の混ざった匂い。寝台でも病院でもない。どうやら自分は、村の広場の端で倒れていたらしい。 「……生きてる、よな」 声は出た。喉も動く。手を見下ろせば、細くて日焼けした、働き慣れた手だった。胸の奥がひやりとする。さっきまで自分が何者だったか、名前すら曖昧になっている。それなのに、別の人生の断片だけは鮮明だった。満員電車、白い天井、夜更かしした机の明かり。そこだけが、やけに現実味を持って残っている。 「いや、落ち着け。整理しろ」 広場には井戸があり、乾いた木桶が重ねられ、向こうでは老婆が野菜を並べている。どこを見ても、のどかで、平凡で、少し懐かしい。初めて見るはずなのに、初めてではない感覚がまとわりついていた。石畳の欠け方、パンを焼く匂い、朝の鳥の鳴き声。その全部が、いつか知っていたような気がしてならない。 近くを通った青年が、こちらを見て首をかしげた。 「おい、大丈夫か。顔色悪いぞ」 「大丈夫、です。たぶん」 返しながら、自分の言葉遣いが妙に滑らかだと気づく。前世の記憶が混ざっているせいか、それともこの体がもともとそういう話し方をしていたのか。どちらでもいい、と言い聞かせた。今必要なのは、混乱に飲まれないことだ。 村人A。ふいにそんな言葉が頭に浮かんだ。 特別な力はない。肩書きもない。誰かに名指しされるほどの存在でもない。ただ、どこにでもいる村の一人。なのに、その呼び名だけは妙にしっくりきた。自分はたぶん、そういう枠に収まるはずの人間なのだ。 そう思った途端、胸の奥に小さな違和感が灯る。 村人Aであるはずの自分が、なぜこんなにもこの場所を知っているのか。 広場の中央に立つと、風が一度だけ向きを変えた。石の匂い、木の軋む音、遠くで笑う声。穏やかだ。穏やかすぎるほどに。それなのに、何かが足りない。いや、最初からそういう形で置かれているとでも言いたげな、妙な納得感がある。 「ここが、俺の……」 言いかけて、止めた。まだ断言できる材料はない。ただ、前世の記憶と、この世界の感覚を並べて比べることだけはできる。目の前の風景は、確かに現実だ。だが、その現実はどこか、知っているはずの答えを隠している。 自分は何者で、ここで何をして生きるのか。 その答えを探すために、まずはこの広場の空気を、もう少しだけ吸ってみようと思った。
村人として生き直す
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