エラベノベル堂

村人として生き直す

全年齢

小説ID: cmnfntwl6002j01o7u1ilk2zn

10章 / 全10

朝の光は、昨夜までの緊張を嘘みたいに洗い流していた。広場の石畳には露が薄く残り、井戸の縁では誰かが洗った布が風に揺れている。村人たちはあちこちで顔を合わせるたび、短く頷き合っていた。大声を出す者はいない。それでも、空気は確かに変わっていた。 「よう、生きてるか、村人A」 「そこは、死んでたら困るだろ」 「困るな。かなり」 からかう声に混じって笑いが起こる。俺もつられて笑った。広場の真ん中に立つと、昨日まで自分がただの雑用係みたいに思えていたのが、少し滑稽に思えた。いや、雑用係だったことは間違っていない。畑を手伝い、桶を運び、壊れた道具を直し、誰かの代わりに動く。それだけのことを積み重ねてきただけだ。 なのに、その積み重ねが村を救った。 井戸端の老女が、手ぬぐいを肩にかけたまま言った。 「村人Aってのは、妙な名前だと思ってたけどねえ」 「今さらだな」 「今さら、いい名前だと思ったよ」 少しだけ胸が熱くなる。俺は目をそらして、広場の端に立つ封印の方を見た。昨夜の名残か、梁の紋様はまだ淡く光っている。けれど、あの不気味な圧はもうない。村の外れを支配していた歪みは、ひとまず退いたのだ。 「結局さ」 俺はぽつりと言った。 「俺、最初は背景だと思ってたんだよ」 「背景?」 「どこにでもいて、誰にも気にされない、そんな役」 若い男が肩をすくめる。 「確かに、目立ちはしないな」 「ひどいな」 「でも、目立たないからこそ、見えるものもある」 その言葉に、俺は黙った。見上げれば、広場を囲む家々の窓が朝日を受けてきらめいている。そこに暮らす人たちの顔、声、癖、手の動き。全部、俺は知っている。知らないふりをすることもできたのに、いつの間にか全部を覚えていた。 前世の知識だけじゃない。ここで過ごした時間が、俺の輪郭を作っていた。 「村人Aでよかったのか、って思ってたけど」 俺は息をついた。 「たぶん、違うな」 「ほう」 「村人Aだったから、ここに立てた」 言い切ると、不思議なくらい気持ちが軽くなった。特別な称号はない。派手な力もない。それでも、誰より村の未来に関わる場所へ、最初から置かれていたのだとしたら。それは呪いじゃない。たぶん、役目だ。 広場の向こうで、子どもが走り回り、母親が追いかける声がする。いつも通りの朝だ。けれど、そのいつも通りが、今は少しだけ愛おしい。 「なあ、村人A」 「なんだよ」 「次、手が空いたら井戸の綱を見てくれ」 「はいはい、任せろ」 笑いながら答えて、俺は広場を見渡した。背景だったはずの場所が、今は不思議なくらい居心地がいい。誰かの目立つ英雄じゃなくてもいい。ただ、この村の真ん中で、ささやかな誇りを持って生きていく。 それで十分だと、ようやく思えた。

検閲済みプロット

転生したら村人Aだった、という設定で、一般向けの短編小説向けプロットを作成してください。

10章 / 全10

TOPへ
村人として生き直す | エラベノベル堂