その幼稚園の門は、朝から妙ににぎやかだった。虹色の角を生やした子が跳ね、毛玉みたいな影の子がすり抜け、背中に小さな羽を震わせる子が泣きそうな顔で先生にしがみついている。ぼくは新任の給食担当として厨房へ案内されながら、思わず息をのんだ。 ここは、モンスターたちが通う幼稚園。見た目も習慣も、好きなものも、食べ方さえもばらばらだと聞いてはいたが、扉を開けた瞬間の熱量は想像を超えていた。鍋は二つも三つも必要で、匂いだけで満足する子もいれば、冷たい草のゼリーしか受けつけない子もいる。スプーンが苦手な子は爪先で器用につまみ、熱いものを息で冷ます子は、逆に湯気を吸い込んで目を白くした。 まずい。初日から、厨房が戦場になる。 そう覚悟したのに、混乱の中心に立たされると、ぼくの手は思ったより落ち着いていた。前の職場で覚えた段取りも、家庭で身につけた癖も、ここではほとんど役に立たない。けれど、役に立たないなら、その子に合わせて変えればいいのだと、園長の低い声が背中を押した。 「まずは、知ることだよ」 昼前、給食の準備をしながら、ぼくは一人ひとりの顔を見た。角の先が青く光る子は、柔らかいものを好む。影の子は、明るい場所では食欲が落ちる。羽の子は、ふわふわした食感を嫌う代わりに、香りの強いスープに目を輝かせる。机の下にもぐりこむ子がいれば、椅子ごと揺れながら待てない子もいる。 名前を覚えるだけでは足りなかった。好きな匂い、苦手な音、食べ始めるときの癖、ひと口目に笑うか、警戒するか。それらを知るたび、ぼくの中で子どもたちの輪郭が少しずつはっきりしていく。 ところが、最初の配膳で早くも厨房は大騒ぎになった。大きな鍋の前で小さな手が伸び、別の子は皿の色が気に入らないと首を振る。甘い汁を欲しがる子に、塩気のある煮込みを勧めると、途端に周囲の空気がざわついた。ひとつの正解なんて、ここにはない。 ぼくは深呼吸して、声を張った。 「今日は選べるようにしてみよう。あったかいのと、ひんやりしたの。やわらかいのと、少しかための。自分で合うものを見つけて」 先生たちが目を見合わせ、それから少し笑った。園児たちも、最初は疑い深く皿をのぞきこんでいたが、やがてひと口、またひと口と試しはじめる。苦手そうな顔をした子が、隣の子の真似をして食べてみる。思いがけず気に入ったのか、尻尾の先を揺らしてもう一度並び直す子もいた。 厨房の窓の外では、子どもたちの騒ぎがまだ続いている。けれど、その騒がしさは、ただの混乱ではない。ひとりひとりが自分の居場所を探し、少しずつ見つけていく音だ。 ぼくは白いエプロンの端を握りしめ、鍋の火加減を見つめた。ここで作るのは、ただの食事じゃない。今日を生きるための、小さな約束だ。 そしてその約束は、きっと明日、もっと不思議な形で試されることになる。
モンスター園の給食担当
全年齢小説ID: cmnfnwjta002v01o7n83tpfu9
