エラベノベル堂

モンスター園の給食担当

全年齢

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1章 / 全10

久美子が厨房の扉を押し開けたとたん、甘い湯気と、どこか土っぽい匂いが一緒に流れ出てきた。見慣れない大鍋、背の高い棚、色も形もばらばらな食器。朝の光が窓から斜めに差し込んで、磨かれた金属に細かい虹を散らしている。 「よし、今日からここが私の戦場ね」 ひとりで笑ってみせたものの、胸の奥は少しだけ硬い。新学期初日。給食担当として任されたのは、普通の幼稚園ではない。通うのは、角があったり、羽があったり、牙がのぞいていたりする園児たちだと聞いていた。けれど、実際の道具立てを目にすると、想像はたちまち甘かったとわかる。 冷蔵庫を開ければ、背の低い子でも届くように二段に分けられた棚があり、シンクには細い手でも太い手でも洗いやすいように、幅違いの桶が並んでいる。だが、それだけで足りるのだろうか。久美子は包丁を置き、メモ帳を開いた。 「好き嫌いの前に、まず体のつくりが違うんだもんな」 火に近づくと元気になる子。冷たいものを好む子。やわらかいものしか食べられない子。噛む力が強すぎる子。自分の中で一つの献立を思い描くたびに、別の誰かには合わない顔が浮かぶ。じゃがいもの煮物にすればいい、という単純な話では済まないらしい。 仕込み用の野菜を手に取り、久美子はまな板の上でしばらく止まった。 「完璧な献立をいきなり作ろうとするから、苦しくなるのよね」 言い聞かせるように呟くと、少しだけ肩の力が抜けた。まずは観察。どんな食器を選ぶのか、どんな顔で食べるのか、何に目を輝かせるのか。それを知らなければ、始めようがない。 その結論にたどり着いた、まさにその時だった。 廊下の向こうがざわついたかと思うと、軽い足音と、羽ばたきと、何かが転がる音が一斉に押し寄せてくる。 「ひゃあ、早い」 久美子が振り向くより先に、厨房の前の扉がぱたぱたと開いた。小さな影が、背の高い影が、丸い影が、好き勝手な勢いでなだれ込んでくる。 「ごはんのにおい!」 「きらきらしてる!」 「きょうはなに?」 久美子は思わずまばたきした。さっきまで空いていた床が、あっという間に園児たちで埋まっていく。じっと見上げる目、鼻先をひくつかせる目、棚の上を興味深そうに眺める目。どの顔も、期待だけでいっぱいだった。 「えっと、みんな、落ち着いて。まずは――」 言いかけた声は、いくつもの 「おなかすいた!」 に押し流される。久美子は鍋の取っ手を握り直し、深く息を吸った。 観察から始めよう。そう決めたばかりなのに、どうやらもう、観察される側に立たされているらしい。 「よし。じゃあ、みんなのこと、まず教えてもらおうか」 笑った久美子の前で、園児たちはさらに元気よく騒ぎ始めた。

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