エラベノベル堂

モンスター園の給食担当

全年齢

小説ID: cmnfnwjta002v01o7n83tpfu9

2章 / 全10

翌朝、園庭に出ると、昨晩までの雨で地面がぬかるんでいた。けれど園児たちは気にも留めず、足跡の代わりに光る輪を残す子もいれば、跳ねるたびに水たまりを小さく鳴らす子もいて、朝から厨房の見通しは怪しかった。 ぼくが献立表を開くと、園長が申し訳なさそうに眉を下げた。 「今朝届くはずだった白い根菜が、まだ来ていなくてね。昨日の大雨で、山の小道が塞がったらしい」 園児たちの昼は、その根菜を煮込んだスープが中心になる予定だった。代わりの食材は少ない。ぼくは棚を見直し、乾燥した豆、香りの強い葉もの、少し固めのパン生地しかないことを確かめた。足りないものを数えれば焦りは増す。でも、ここで止まるわけにはいかなかった。 厨房に集まった先生たちと相談し、ぼくは切り分け方を変えることにした。豆はやわらかく煮て、葉ものは香りを生かして細かく刻む。パン生地は、噛むのが苦手な子にも食べやすいよう、薄くのばして焼く。熱いものを嫌う子にはぬるめのスープ、冷たいものを好む子には朝のうちに冷やした汁物を用意する。食べる速さも、量も、ひとりずつ違うなら、配り方もまた変えればいい。 だが、準備を進めるうちに、今度は別の問題が起きた。元気な子どもたちが厨房の匂いに吸い寄せられて、扉の前に列を作りはじめたのだ。背中に小さな翼を持つ子が高く飛び上がり、棚の上の葉を一枚くわえてしまう。影の子がすり抜けて鍋の下をのぞき込み、火加減を変えたくてうずうずしている。静かに待つのが苦手な子たちの期待は、まるで鍋の泡みたいにふくらんでいた。 「じゃあ、手伝って」 思いついたぼくが声をかけると、子どもたちは一斉に目を丸くした。 皮をむく係、葉をちぎる係、テーブルに並べる係。得意なことを選ばせると、さっきまで落ち着かなかった子も、急に真剣な顔になる。小さな爪で豆を転がす子、鼻先で香りを確かめてから葉を分ける子、皿の並びを芸のように整える子。厨房の中はますます騒がしいのに、手元だけは驚くほどそろっていった。 そのとき、ひとりの園児が小さく手を挙げた。いつも食べるのが遅く、口に入れる前に何度も迷ってしまう子だった。 「今日は、ぼくも配る」 その声はか細かったが、確かな熱を持っていた。ぼくはうなずき、彼に一番軽い盆を渡した。すると、その子は皿を落とさないよう両手でしっかり抱え、仲間の前へ慎重に歩いていく。受け取った子がにっこりすると、彼の肩の力がすっと抜けた。 その様子を見て、ぼくは気づいた。ここでは、食べることだけが大切なんじゃない。作ることに加わること、待つこと、分け合うこと、その全部がひとつの食事になっている。 昼が近づくころ、園の門のほうが急にざわついた。遅れていた白い根菜の荷車が、ぬかるみを押しのけるように到着したのだ。運んできたのは、見慣れない灰色の毛をした小さな配達係で、ぼくを見るなり照れたように帽子を持ち上げた。 「途中で道を直してたら、遅くなりました」 根菜は、まだ土の匂いを残していた。ぼくが鍋のふたを開けると、湯気の向こうに子どもたちの顔が並ぶ。さっきまで手伝っていた小さな手が、次々と皿を受け取り、あちこちで歓声が上がった。 その瞬間、厨房の片隅でひとつだけ、静かな笑い声がした。さっきまで何も言わなかった園長が、まるで初めから知っていたみたいに目を細めている。 「根菜が来ない日も、悪くないね」 ぼくが振り向くと、園長は窓の外を見ていた。雨上がりの空には、見慣れない色の雲が一筋、園の屋根の上を流れていく。次は何が起こるのか、誰にもわからない。ただひとつ、確かなのは、ここではそれさえも給食の続きになるということだった。

2章 / 全10

TOPへ