その朝、ぼくは厨房の戸を開けた瞬間、言葉を失った。昨日まで山ほど並んでいた白い根菜も、香りの強い葉も、熟れた果実も、木箱の中からきれいに消えている。空になった箱だけが、きちんと整列してこちらを見返していた。 園長は窓辺で湯気の向こうを眺めていたが、驚いた様子はない。 「また、あの子たちが動いたんだろうね」 その声に振り向くと、園児たちはすでに状況を察していた。匂いに敏感な子は鼻先をひくつかせ、暗がりを見るのが得意な子は棚の下をのぞき込み、慎重な子は何も言わず空の箱を指でなぞっている。 正直、胸の奥は焦っていた。だが、ここで慌てても皿は満たされない。ぼくは深呼吸して、みんなに言った。 「探しに行こう。食べるためじゃなくて、迎えに行くんだ」 子どもたちはすぐに役目を分けた。香りを追う子が先頭に立ち、地面の変化に気づく子が足元を確かめ、力の強い子が籠を背負う。いつも食べるのに時間がかかる慎重な子まで、今日はまっすぐぼくを見た。 「ぼく、道を覚える」 その小さな声は、妙に頼もしかった。 森は昨日より深く息をしていた。木々の間を抜ける風が甘い匂いと土の匂いを混ぜ、道を隠したり示したりする。やがて白い実をつけた低木が見えた。手を伸ばすと、実はふわりと枝先を逃げる。 「追うとだめだよ」 慎重な子がしゃがみ込み、じっと枝の揺れを見つめた。みんなで息をひそめると、風が止み、実はちょうど籠へ落ちる高さまで下がってきた。 さらに奥へ進むと、大きな根がうねりながら地面を塞いでいた。行き止まりかと思ったとき、重いものを運ぶのが得意な子が前へ出た。彼は根に触れず、地面を一定の間隔で軽く叩く。すると、根の動きが少しずつほどけていく。怒っていたのではない。ただ、気づいてほしかっただけなのかもしれない。道が開くと、子どもたちはほっとした顔で次々とくぐり抜けた。 やがて木立を抜けると、昼なのに夕暮れみたいな灯りをともした市場が現れた。屋台には、探していた根菜や果実が並んでいる。だが店番の姿は見えない。木札だけが揺れていた。きちんと準備した者だけが持っていける、と。 ぼくたちは手を洗い、籠を整え、道中で集めた香草や葉をそっと供えた。すると、無人だったはずの屋台の鐘が鳴り、棚の奥から果実がひとつ返ってくる。次に根菜、次に乾いた豆。見えない誰かが、こちらの礼を見て、少しずつ応えているらしい。 園児たちは騒がず、でも目を輝かせていた。いつもは食べるのが遅い子が、最初に実を受け取り、匂いに敏感な子がそれを胸いっぱいに吸い込む。 「返してくれた」 そのひと言で、ぼくは悟った。あの市場は、食材を奪う場所じゃない。受け取る前に、こちらが何を差し出せるかを試す場所だったのだ。 帰り道、荷はずしりと重かった。けれど不思議と足取りは軽い。園に戻ると、厨房ではすぐに火が入れられた。果実はやわらかな煮込みになり、根菜はとろけるようにほどけ、香草は湯気の中で静かに広がる。鍋が並ぶたび、子どもたちの笑い声も一緒に膨らんでいく。 配膳の時間、いちばん慎重だった子が、今日は迷わず皿を受け取った。ひと口食べて、彼は目を丸くし、それから小さくうなずく。 「できた」 そのひと言で、厨房がしんとした。ぼくは空になった棚を見てから、ずらりと並んだ皿へ視線を移した。足りないはずの食材は、探しに行くことで、助け合う手つきまで連れて帰ってきたのだ。 園長が湯気の向こうで静かに笑う。 「食材は、集めるほどに増えるものがある」 ぼくはうなずいた。明日もきっと、何かが足りなくなる。けれどもう怖くない。ここでは不足さえ、誰かの得意を見つける入口になる。ぼくは鍋の火を少し強め、子どもたちの笑い声が夕方の窓へ溶けていくのを見送った。外では、次の風がもう森の匂いを運んでくる。きっとまた、まだ見ぬ一日が待っている。
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個性豊かなモンスターたちが通う幼稚園で、給食担当が日々さまざまな出来事に振り回されながらも、工夫と協力で乗り越えていく冒険物語
