久美子は園庭の隅にあるベンチに腰を下ろし、夕方の風を頬に受けた。さっきまで厨房に満ちていた熱気が嘘みたいに遠い。手のひらには、粉と水の匂いがまだ残っている。 今日は、食べることだけで終わらなかった。 選ぶ。守る。運ぶ。知らせる。小さな手がそれぞれの役目を覚えて、食材をただのごはんに変える前から、もう立派に働いていた。 「……すごいなあ」 思わずこぼすと、足元の芝がかすかに揺れた。目の前では、先ほどまで競うように動いていた園児たちが、今は思い思いに座っている。誰かが札を並べ、誰かが空の皿を重ね、誰かが見習いの小さなモンスターに手順を教えている。久美子が言ったことを、そのまま繰り返す声も聞こえた。 「勝ち負けじゃなくて、順番だよ」 「知らせてから入るんだよ」 その言葉に、久美子は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。 「久美子さん」 呼ばれて顔を上げると、園長が静かな足取りで近づいてきた。夕日に縁取られた影が長い。 「今日は、ずいぶん賑やかでしたね」 「ええ。賑やかすぎて、何度も心臓が飛びそうでしたけど」 久美子が苦笑すると、園長はふっと目を細めた。 「ですが、その騒ぎの裏で、幼稚園全体がひとつになっていました。園児たちは久美子さんを中心に動いていた。食材を探す子、札を整える子、運ぶ子、見守る子。もう、あなたなしでは回らないチームです」 久美子は思わず口を開きかけ、それから閉じた。 「チーム、ですか」 「ええ。最初は食べさせるだけで精一杯だったのに、今では自分たちで守り、手伝い、学んでいる。あなたが流れを作ったんですよ」 そんなふうに言われるなんて、思ってもみなかった。久美子は少し視線を落とし、膝の上で指を組む。 「私は、ただ必死だっただけです」 「必死だからこそ、周りが動いたのでしょう」 園長の声は穏やかだった。責めるでも、持ち上げすぎるでもない。ただ事実を置くみたいに、静かに。 久美子は園庭を見渡した。誰かが笑い、誰かがうなずき、誰かが次の約束を交わしている。さっきまでの混乱は、もう単なる騒ぎではない。みんなで食べるための、みんなで支える流れに変わっていた。 「……そうかも、しれません」 ぽつりと言うと、園長は満足そうにうなずいた。 その時、園児のひとりが久美子のほうへ駆けてきた。 「せんせい、まだここにいていい?」 「ええ、もちろん」 答えると、子どもは安心したように笑って、また仲間の輪へ戻っていく。 久美子は小さく息を吐いた。夕暮れの園庭は、騒がしいのに不思議とあたたかい。 この場所では、給食は食べるだけの時間じゃない。みんなで育てる、ひとつの流れなのだ。
モンスター園の給食担当
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