エラベノベル堂

灯台守の小さな選択

全年齢

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1章 / 全10

閉店用の木札を下ろしかけたとき、店先の風鈴がチリ、と短く鳴った。 朝倉正人は手を止め、商店街のはずれにある古書店の戸口へ目を向ける。夕方の光はもう斜めで、店内の背表紙を金色に縁取っていた。 「すみません、朝倉さん。まだいますか」 声の主は、いつも夕方に立ち寄る常連の老婦人だった。買い物袋の中身を気にするように肩をすぼめ、どこか言葉を選んでいる。 「もちろんです。どうしました」 「小さな、金属の箱を探してほしいんです」 正人は目を瞬いた。箱、と聞いて思い浮かべるのは古びた菓子缶くらいだが、老婦人は首を横に振る。 「手のひらに収まるほどのものです。大事な手紙が入っていて……でも、どこへやったのか、私にもはっきりしなくて」 言い切るはずのところで、彼女の声がかすかに途切れた。 正人はその間を聞き逃さなかった。失くした、というより、隠したいものを前にした人の間合いだ。 「最後に見たのは、いつですか」 「ここへ来る前には、あったはずです。たぶん、いえ……その」 老婦人は買い物袋の持ち手を指で押さえ、視線を棚に逃がした。正人は胸の奥に、小さな棘のような違和感を覚える。 「箱の形や色、覚えていますか」 「黒っぽくて、角が少しへたっていて。中の手紙は、絶対に外へ出したくないんです」 その言い方に、ただの失せ物探しではない気配が混じる。正人は店の奥へ目をやり、閉店の札をまだ裏返さずに置いた。 「わかりました。まずは店の中、それから店先と周辺を見てみます」 「ありがとうございます。あの、でも……あまり大げさにはしないでください」 「大げさにするつもりはありません」 そう答えながら、正人は老婦人の口元に浮かんだ微かなためらいを見ていた。探しているのは箱そのものなのか、それとも箱に閉じ込めたままの何かなのか。 彼はほうきを壁に立てかけ、古い木箱が積まれた棚の前へ進む。店の中には紙の匂いと夕暮れの静けさが満ちていた。まずは見当をつけるため、いつもの棚から順に確認していくしかない。

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