エラベノベル堂

灯台守の小さな選択

全年齢

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2章 / 全10

閉店札を裏返し、正人は店内の明かりを一段落とした。紙の匂いも落ち着き、古書店の奥だけが、机の上のランプに輪をつくられている。先ほどの違和感がまだ喉の奥に残っていた。 「店の中にはなかった、か」 独り言にしては少し大きかった。正人は事務机の引き出しを順に開け、帳面や領収書の束を確かめる。箱そのものは見つからない。だが、古い封筒の下から、折り目の深い小さなメモが滑り出てきた。 「……これか」 紙片には、走り書きのような字で地名が一つだけ記されていた。町内の旧倉庫を指す名だ。正人は無意識に眉を寄せる。あそこは今はほとんど使われていない。人の出入りも少ない場所だ。 「どうして倉庫なんだ」 メモを指先で押さえたまま、彼はしばらく考え込んだ。老婦人は箱をなくしたと言った。けれど、この書き方は、ただ慌てて探している人のものではない。むしろ、どこへ向かったかを知っている者が、後から残した印に見える。 「見つけたんですか」 振り向くと、老婦人が戸口の近くに立っていた。正人はメモを見せるか一瞬迷い、それから自然な顔で紙を折り返した。 「まだです。ただ、少し見当がつきました」 「そう……」 その声には安堵よりも、どこか確かめるような響きがあった。正人はそれを聞き流さず、けれど問い詰めもしない。 「依頼のこと、少しだけ整理しておきます。箱のことは、まだ店の中で確認を続けます。もし見つかっても、すぐに騒ぐような話にはしません」 「ええ、それでいいです。あまり、余計な人に知られたくなくて」 やはり何かを隠している。正人は確信に近いものを覚えたが、顔には出さなかった。今ここで踏み込みすぎれば、相手は口を閉ざす。 「今夜のうちに、倉庫のことを調べておきます。明日の朝、行ってみます」 「明日、ですか」 「ええ。今はもう、直接行っても確かめられることが少ないでしょうから」 老婦人は小さくうなずいた。だがその目は、正人の手元のメモではなく、机の上の古い電話機のあたりを見ていた。まるで、そこから誰かの声が鳴り出すのを待つみたいに。 正人は引き出しを閉め、メモを胸ポケットに入れた。箱はどこかへ持ち去られたのではなく、最初から別の場所を示していたのかもしれない。そう考えると、失せ物探しの輪郭が少しだけ変わる。 「まずは、倉庫ですね」 呟くと、店の奥で古い時計が低く鳴った。正人は机のランプを見つめ、依頼主に気取られないよう表情を整える。秘密の輪郭は、まだはっきりしない。ただ一つだけ、明日の朝に向かう先は決まった。

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