エラベノベル堂

断片を結ぶ町

全年齢

小説ID: cmnfnx5g1003301o7q1x09efj

1章 / 全10

朝の空気はまだ少し冷たくて、交差点の信号待ちで拓海は無意識にスマホを開いた。通知を確かめるつもりだったのに、画面の端に残っていたメモ帳の文字列が目に入って、指が止まる。aaaaaaafdgdg。意味のわからない並びだった。自分で打った覚えは、ない。 「何だこれ」 小さくつぶやいた声が、車の流れる音に紛れる。寝ぼけたまま入力したのか、それとも誰かに触られたのか。そう考えてすぐ、そんなわけないと首を振った。昨日の帰り道、ポケットに入れていたときに誤って開いたのかもしれない。だが、ただの打ち間違いにしては、妙に引っかかる。 青になった信号を渡りきったところで、前を歩く千颯に追いつく。 「なあ、ちょっと見てくれ」 「朝から真顔でなんだよ」 拓海がスマホを差し出すと、千颯は画面をのぞきこんで、数秒で眉を上げた。 「……ああ、誤入力っぽいな。指が暴れたんだろ」 「そんなに雑に片づけるなよ」 「雑じゃない。これ以上どう見ろっていうんだ。記号でも暗号でもなさそうだし」 千颯は笑ってスマホを返した。大げさに肩をすくめているが、拓海は笑えなかった。文字の並びを見つめるほど、どこかで見たことがあるような、ないような感覚だけが残る。 「気にしすぎだって。どうせ変な予測変換の残骸だろ」 「……そうかな」 「そうそう。ほら、行くぞ。遅れる」 千颯はいつも通り軽く歩き出した。拓海もあとを追う。会話はそれで終わったのに、ポケットの中でスマホの重みだけがやけに気になった。 たった一行のはずだった。だが、画面に残るaaaaaaafdgdgは、ただの文字列には見えない。意味がないからこそ、かえって目を離せない。誰かが置いていったものみたいに、そこだけ静かに浮いていた。 拓海は歩きながらもう一度メモを開き、親指で何度も画面をなぞった。消してしまえば楽になるはずなのに、なぜかそれができない。 この一文字ずつの並びの先に、何かがある気がしてならなかった。

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