夜の空気は、昼間のざわめきをすっかり洗い流していた。再開した児童館の玄関先で、拓海は掲示板に飾られた紙片を見上げる。あの意味不明だった並びが、今は飾り紐の端に揺れて、まるで最初からここにあったみたいだった。 「ほんとに、ここまで来たんだな」 拓海がつぶやくと、横に並んだ結衣奈が小さく笑った。 「来たんじゃなくて、戻ってきた、かな」 「そういう言い方、ずるい」 「だって、そうだもん」 灯りのともる部屋の中では、さっきまで準備していた人たちの気配がまだ温かく残っている。窓越しの光が床に落ち、児童館の古い壁をやわらかく照らしていた。拓海は紙片を見上げたまま、しばらく黙る。aaaaaaafdgdg。何度も追いかけたその文字列は、もう謎の形では見えなかった。 「結局さ」 拓海は少しだけ肩の力を抜いて言った。 「これって、俺に向けた招待状だったんだな」 「うん。幼い日の約束を、今の私たちにつなぐためのね」 結衣奈はそう言って、玄関の柱にもたれた。拓海は紙片に指先を伸ばし、飾りの一部として揺れるそれを見つめる。忘れていたはずの場所が、名前を呼ばれたみたいに息を吹き返している。 「最初は、ただの変な文字だと思ったのに」 「変な文字だから、見つけてもらえたんじゃない?」 「たしかに」 拓海は思わず笑った。答えのないものを追いかけていた時間も、今では不思議と嫌じゃない。むしろ、その遠回りがあったからこそ、ここに立てている気がした。 結衣奈が玄関脇の手桶を指さす。 「ほら、最後の紙船。流してきて」 「俺が?」 「そう。ここから先は、拓海の番」 差し出された小さな紙船は、河川敷で見つけたあの形より少しだけ新しい。拓海はそれを両手で受け取り、夜気の中へ歩を進めた。児童館の脇にある浅い水路へそっと置くと、紙船は灯りを受けてゆっくり揺れた。 「行けよ」 拓海の声は、思ったよりやさしかった。流れに押されて進んでいく船を見送りながら、胸の奥で何かが静かにほどける。誰かに手がかりを残す側になる。そんな言葉が、ふいにしっくりきた。 「次は、俺が残す番か」 振り返ると、結衣奈が少し驚いた顔で、それから嬉しそうに目を細めた。 「うん。きっと向いてる」 拓海は照れ隠しみたいに笑って、もう一度水面を見る。小さな紙船は、灯りの輪の向こうへと滑っていった。児童館の玄関には、あの紙片が今も揺れている。意味不明だった文字列は、幼い日の約束と町の再生をつなぐ合言葉になった。拓海はその光景を見上げ、静かに息を吐いた。
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