エラベノベル堂

衝動の向こうで

全年齢

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10章 / 全10

朝の光は、執筆室のガラスに薄く張りついていた。昨夜までの張りつめた空気が嘘みたいに、机の上には整えられた資料だけが残っている。修は椅子に腰を下ろしたまま、向かいの席を見た。 「……終わった、のか」 柚希は頷いた。上司の名が並んでいた写しは回収され、処分の知らせは社内中を駆け抜けている。役員たちの席もすでに空席になっていて、廊下のざわめきは妙に遠かった。 「外には出ました。会社の不正も、隠していたことも」 「そうか」 修は息を吐いた。安心したはずなのに、胸の奥には妙な空白が残っている。柚希はそれを見抜いたように、静かに机の端を指でなぞった。 「私は、ここまでです」 「……行くのか」 「ええ。もう、いてはいけないと思うので」 淡々とした声だった。けれど、その横顔はいつもより少しだけ疲れて見えた。修はそこで初めて気づく。彼女は最初から何かを企んでいたのではない。追い詰められた何かを、必死に抱えていたのだと。 「おまえ、俺を利用してたわけじゃないんだな」 柚希は小さく目を伏せた。 「利用するほど、器用じゃありませんでした」 「だったら、なんで俺だったんだ」 「手を伸ばしてくれそうだったからです」 その答えに、修は言葉を失った。危険な秘密に惹かれたと思っていた。だが本当は、壊れそうなくせに前へ出るその必死さに、ずっと引き寄せられていたのだ。 「……俺も、だ」 「え?」 「おまえの秘密じゃなくて、おまえ自身のほうを見てた」 柚希は一瞬だけ目を見開き、それからごく薄く笑った。けれど、そこに恋の色を急いで足すことはしない。今はそれでいいと、二人ともわかっていた。 「修さん」 初めて名前で呼ばれて、胸がわずかに跳ねる。 「すぐには形にしません。でも、約束はできます」 「何を」 「また、ちゃんと話すことです」 修は頷いた。 「なら、俺も約束する。今度は、黙ったまま置いていかれない」 「ええ」 柚希は立ち上がり、荷物を肩にかけた。扉の向こうでは、まだ片づかない朝の気配が揺れている。彼女は一度だけ振り返り、執筆室の白い机を見た。 「行きましょう」 「次の仕事、か」 「次の朝です」 修は苦笑し、それでも立ち上がった。距離はまだある。けれど、それでいい。危険な夜を越えた二人には、急がず結ぶための静かな朝が似合っていた。

検閲済みプロット

一般向けの恋愛サスペンス小説として、衝動的で危険な関係が人間関係の緊張を生む物語に書き換える。

10章 / 全10

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