エラベノベル堂

しゃべる野菜の収穫日

全年齢

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1章 / 全10

夏の陽射しは、畑の土まで白く焼きつけていた。汗が顎から落ちるたび、土はすぐにそれを飲み込み、何事もなかった顔で黙りこむ。だがこの畑は、収穫の時期になると急に黙らなくなる。俺が育てた野菜たちが、ひとつ残らず口をきき始めるのだ。 今年こそは静かに終わらせたい。そう思って、朝いちばんに手袋をはめ、最初の畝へしゃがみこんだ瞬間、赤く熟したトマトが、つやつやした顔で胸を張った。 「待ってました、主役の登場だね」 「主役はお前じゃなくて収穫だ」 思わず返すと、隣のキュウリが葉の影から冷たく笑った。 「その割に、毎年いちばん驚くのはあなたでしょう」 「驚いてるんじゃない、慣れてないだけだ」 土を掘り返す音の向こうで、ナスがひょろりと首を伸ばす。 「慣れは、無知の別名でもある」 「朝から哲学を振りかざすな」 畑はたちまち賑やかな舞台になった。トマトは自分の艶を自慢し、キュウリは切れ味のいい皮肉を投げ、ナスは意味ありげな沈黙を挟んでは場をかき乱す。葉をかき分けるたび、別の声が飛び込んでくる。ピーマンは妙に礼儀正しく、カボチャは重々しく長話を始め、インゲンはやけに早口で自分の細さを嘆いた。 例年より声が大きい。いや、暑さのせいで空気が震えているのかもしれないが、どうにも近所まで届きそうな勢いだった。もし誰かが耳を澄ませば、うちの畑が妙な噂の発信源だと気づいてしまう。 「静かにしてくれ」 そう頼むと、トマトがぶるっと揺れた。 「静かに、なんて言われたら張り合いがないよ」 「張り合いはいらない。収穫を進めるのに必要なのは、落ち着きだ」 キュウリがすかさず言う。 「落ち着きが必要なら、まずあなたが深呼吸したほうがいい」 その通りだった。俺は額の汗を拭い、ふと畑の奥へ目をやった。風の流れが、そこだけ妙に違う。夏草の匂いに混じって、古い木と乾いた粉のような匂いがした。胸の奥で、小さな引っかかりが鳴る。去年も一昨年も、同じ頃に似た気配を感じていた気がする。 野菜たちの声は、ただの気まぐれじゃないのかもしれない。 収穫用の籠を抱え直しながら、俺は奥の古い倉庫を見た。使わなくなった肥料袋が積まれ、扉は半分、日差しに焼けて歪んでいる。あそこに、何かある。 「おい、今日はあっちへ行くのか」 トマトが不安そうに尋ねた。 「少し確かめるだけだ」 「確かめる、ね」 キュウリが細く笑う。 「あなたがその顔をすると、だいたい面倒なことが起きる」 「褒めてるのか?」 ナスが小さく揺れて、妙に静かな声を落とした。 「土は、覚えているものだよ」 その一言に、俺は立ち止まった。夏の熱気の中で、畑だけが古い記憶を抱えているように見えた。俺は籠を置き、しゃべり続ける野菜たちの声を背に、倉庫へ向かって歩き出した。

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