エラベノベル堂

しゃべる野菜の収穫日

全年齢

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2章 / 全10

倉庫の扉を押し開けると、乾いた空気が顔を撫でた。中は薄暗く、積み重なった肥料袋の影が壁のようにそびえている。足元には古い木箱がいくつも並び、その隙間に、読みさしの紙束が眠っていた。俺は埃を払って手に取る。そこに残っていたのは、数字と天気の記録だけじゃなかった。 畑の端にある土は、言葉を宿しやすい。春の雨で目を覚まし、夏の日差しで声を強める。そんな走り書きが、かすれた字で何度も繰り返されていた。最後の行には、収穫期のあいだ、声を抑え込もうとするより、聞き分けてやることとある。 「聞き分ける、ね」 思わずつぶやいた俺の背後で、トマトの明るい声が弾んだ。 「ほら、やっぱりただの珍事じゃなかったんだ」 振り返ると、いつの間にか野菜たちが倉庫の入り口にまで集まっていた。キュウリは細い体を揺らし、ナスは知ったような顔で沈黙している。ピーマンは遠慮がちに扉の脇で身を縮め、カボチャは通路をふさぐ勢いでどっしり構えていた。 「勝手に入ってくるな」 「だって、あなたの顔が、ひどく面白そうだったから」 キュウリが言う。 「面白い顔はしてない」 「いや、してる」 トマトが即答した。 「見つけたんだろ、何か」 紙束を軽く持ち上げると、葉のこすれる音がさざ波みたいに広がった。俺は記録を読んだ。先祖がこの土地を開いた頃から、妙に言葉を吸いやすい土だったこと。だからこそ、作物がよく育ち、人の手入れにも素直に応えたこと。けれど収穫の時だけは、実ったものたちの中に溜まった気配が声になる、と。 「つまり、うちの畑は昔からこうだったのか」 ナスが、少しだけ誇らしげに首を傾けた。 「昔から、というのは大事だよ。新しい厄介事じゃない。土の記憶だ」 その言い方は妙にしっくりきた。迷惑なだけの騒ぎだと思っていた声が、急に違って聞こえる。たしかに彼らはうるさい。だが、一本一本に性格がある。日照りに耐えた強さも、雨を待ったしぶとさも、最後の一瞬に言葉へ変わっているだけかもしれない。 倉庫の外へ戻ると、午後の日差しはさらに白く強くなっていた。俺は収穫かごを抱え直し、畝へしゃがむ。トマトは相変わらず胸を張り、キュウリは涼しい顔で皮肉を飛ばし、ナスは意味ありげに黙る。 「じゃあ、順番に行くぞ。しゃべるのは構わないが、箱に飛び込むのはやめろ」 「じゃあ、あなたも急に叫ばないでよ」 トマトが笑う。 「叫んでるのはお前たちだ」 「でも、悪くないでしょ」 たしかに悪くなかった。暑さに負けていた気持ちが、少しだけ前を向く。俺は野菜たちの声を聞きながら、手際よく収穫を進めた。耳障りなだけだった騒ぎが、いつしか作業の拍子になっていく。近所に聞こえないよう気を揉むのは相変わらずだが、今はもう、ただ隠すだけでは足りない気がしていた。 夕方、最後の一山を籠に収めるころには、畑の喧噪も少しだけ丸くなっていた。完全に静かにはならない。それでも、声は声として受け入れられる。そう思えた瞬間、ナスがぽつりと言った。 「ようやく、この土地と同じ速さで歩き始めたね」 俺は苦笑して、空になった畝を見渡した。 「来年は、もう少しうまくやる」 「毎年言ってる」 キュウリが即座に返す。 「そうだっけ」 「そうだよ」 トマトが夕日に照らされて、やけに鮮やかに光った。 「でも、今年は終わった。十分だろ」 俺は頷いた。騒がしくて、やたらと気の強い夏だった。それでも、畑は確かに守られている。箱の中の収穫物が、まだ小さく何かを言い合っている気がした。俺はそれを聞き流しながら、空っぽになった畝へ深く息を落とした。次の収穫期までに、また賑やかな顔ぶれが揃うのだろう。その予感に、なぜか少しだけ笑えてしまった。

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