「早く、行かなきゃ」 『間に合わない』 その声に、拓人は迷わなかった。倉庫の外へ飛び出すと、夜気がひやりと頬を打った。未希も遅れずついてくる。 「封印って、どう直すの」 「分からない。でも、声を頼りにすれば……」 言い切る前に、足元からかすかなざわめきが返った。畑じゅうの野菜たちが、見えない糸で井戸のほうへ気を向けている。拓人はその流れに背中を押されるように、月明かりの下を駆けた。 井戸の前に着くと、空気がさっきより重い。石組みの縁には冷たい光がにじみ、覆いの板の隙間から、土でも水でもないざらついた気配が漏れていた。 「これ……もう限界に近い」 未希が息を詰める。拓人は野菜たちの声を思い出した。どの言葉も、怖がっていたわけじゃない。守ろうとしていたのだ。 「頼む。何をすればいい」 『右だよ』 『そこ、土が変』 『流して、流して』 小さな声に導かれ、拓人は井戸の周囲を確かめた。封じるために置かれていた簡易の杭の位置、苔の剥がれ、湿り方。ひとつずつ見ていくうちに、そこだけ異様に重い土の層があるのが分かった。 「異常な成分が、ここに溜まってるんだ」 未希が短く言う。 「なら、外へ流すしかない」 拓人は頷き、近くに用意してあった水を順に注いだ。冷えた水が土を洗うたび、井戸の底から鈍い音が返る。まるで息を止めていたものが、少しずつ遠ざかるみたいだった。 『いいよ、そのまま』 『こっちじゃない、そこ』 『ああ、軽くなる』 野菜たちの声は次第に揃い、焦りよりも安堵を帯びていく。拓人は額ににじむ汗をぬぐう余裕もなく、ただ手を動かし続けた。やがて、井戸の周りにまとわりついていた重苦しさが、ふっとほどける。 未希が息を吐いた。 「……流れた、かな」 「たぶん、これで」 拓人がそう言った瞬間、畑のほうから返ってくる声が確かに弱まった。さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、夜は少しだけ静かになる。 翌朝、収穫した野菜は驚くほど静かだった。 コンテナに並べても、昨日までのような口喧嘩はない。拓人は手を止め、何度も耳を澄ました。 「……終わった、のか」 答える声はない。あまりに静かで、少しだけ寂しい。 未希も同じ気持ちらしく、コンテナの脇で小さく笑った。 「うるさかったのにね。いなくなると、変な感じ」 「だな」 拓人は苦笑した。そのとき、かごの隅に残っていたミニトマトが、ぽつりと一つだけ揺れた。 『また夏に会おう』 次の瞬間、赤い小さな実は、朝の光に溶けるみたいに静かになった。 拓人はその場でしばらく動けなかった。耳に残るのは、もう騒音ではない。ただ、やけにあたたかい夏の余韻だけだった。
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とある野菜農園で栽培すると、なぜか喋る野菜が収穫されてしまう。夏の収穫期になるとうるさくてたまらない。農家の苦悩を描いたサスペンス。ただし、ライトノベルのような軽い語り口にする。
