夕暮れの風が畝を渡るたび、畑の声は少しだけ丸くなった。あの倉庫で見つけた記録をもとに、俺は風の抜け道を整え、土を寄せ、収穫の順番を決め直した。静かに消すのではなく、うまく流す。最初はそんな程度のつもりだったが、実際にやってみると、畑は驚くほど素直に応えた。 トマトは相変わらず自分が主役だと騒ぐ。キュウリは涼しい顔で皮肉を返す。ナスは意味ありげに黙ってから、急に核心を突く。だが、声が重なりすぎないだけで、これほど作業がしやすくなるとは思わなかった。風鈴の音がひとつ鳴れば、野菜たちは自分の番を思い出すように順を守る。近所に丸聞こえになりそうだったあの騒ぎは、今では夏の拍子のように聞こえる。 収穫の最後、俺は畑の端に立てた看板を見た。収穫中、少し賑やかです。心配無用。最初に書いたときは、笑われるのが落ちだと思っていた。けれど、いまはこの一文がしっくりくる。野菜たちの声を隠しきれないなら、いっそ正面から受け止めればいい。そう思えるようになったのは、きっと俺だけじゃない。 「ねえ、ちゃんと聞いてた?」 トマトが収穫かごの中から声を弾ませる。 「聞いてた。お前はずっと自分が一番だと言ってる」 「違うよ。一番おいしいのが僕だってこと」 「その自信はどこから来るんだ」 「太陽と土と、あなたの手入れかな」 意外な答えに、少しだけ胸が熱くなった。キュウリがくすりと笑う。 「珍しく素直ね。でも、まあ、悪くないわ」 「お前まで褒めるのか」 「褒めてない。認めただけ」 ナスが、黄昏色に溶けるみたいに静かに言った。 「畑は、黙らせる場所じゃない。育ったものが最後に息を吐く場所だよ」 その言葉に、俺はしばらく黙った。迷惑だと思っていた騒がしさは、土に刻まれた時間そのものだったのかもしれない。先祖が残した記録も、毎年の夏も、こうして積み重なって今がある。ならば俺の役目は、声を消すことではなく、暮らしの中に置き場所を作ることだ。 日が完全に落ちる前に、最後の籠を納屋へ運び終えた。肩は重い。けれど心は不思議と軽い。畑のほうを振り返ると、風鈴が小さく揺れていた。あの音に混じって、まだ何か言いたげな気配がする。来年もきっと、ここは賑やかだろう。 「また来年な」 そう呟くと、トマトが即座に返した。 「もちろん。次も僕が最初がいい」 「だから順番だ」 「順番でもいいけど、僕は譲らないよ」 キュウリが呆れたように息をつき、ナスがふっと笑った気配がした。俺はもう一度だけ畑を見渡し、深く息を吐く。騒がしくて、面倒で、けれど妙に温かい夏だった。たぶん来年も、その先も、同じようにため息をついて、同じように笑うのだろう。 それでいい。そう思いながら、俺は戸口を閉めた。
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とある野菜農園で栽培すると、なぜか喋る野菜が収穫されてしまう。夏の収穫期になるとうるさくてたまらない。農家の苦悩を描いたサスペンス。ただし、ライトノベルのような軽い語り口にする。
