放課後の廊下は、運動部の掛け声でまだ少し熱を残していた。私はその端で、貼り紙の前に立ち尽くしていた。落語部部員募集。たまたま目に入っただけだったのに、次の瞬間には部室の引き戸を開けていた。中には先輩が二人と、同じ学年の女子が一人、そしてなぜか扇子を自分の顔に当ててうなずいている男子がいた。 「お、来た来た。迷い子一名」 「迷い子じゃないです、見学です」 「その返しができるなら向いてる」 先輩は笑いながら、畳に座るよう促した。部室は古いけれど不思議と落ち着く匂いがした。木の机、色あせた座布団、壁際に並ぶ分厚い古典の本。練習が始まるのかと思ったら、最初に出たのは演目の話ではなく、今日の購買のパンが何種類残っていたかという真面目とも冗談ともつかない議題だった。 「落語はね、腹が減ってると膨らまないんだ」 「膨らむのは、おまんじゅうだけでいいです」 そんなやり取りに、私は思わず吹き出した。笑っていいのか迷う間もなく、部室の空気に自分の声が溶けた。それが少しうれしかった。高校に入ってから、何となく教室の端で過ごすことが多かった私に、ここは初めて肩の力を抜ける場所かもしれなかった。 その日は自己紹介だけで終わるはずだったのに、先輩がいきなり扇子を開いて 「では一席」 と言い出した。ところが始まった話は古典の筋ではなく、昨日駅前で傘を忘れた話だった。なのに、話しぶりひとつでそれがやけに大げさで、私の目には立派な噺に見えた。 「困ったときこそ、身の回りにネタは転がってる」 「転がってるのは、先輩の自転車の鍵だけです」 また笑いが起きる。私は気づけば、来週も来ます、と言っていた。扉の外では夕焼けが階段まで伸びていて、帰り道の鞄がいつもより軽く感じた。落語部という看板の向こうに、思っていたよりずっと賑やかな居場所があるらしい。その予感だけで、胸の奥が少しあたたかくなった。
落語部の昼下がり
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