翌週の部室では、見学だけのはずだった私に、あっさりと台本の束が渡された。文化祭まで三週間。今日からは聞き役ではなく、舞台に立つ側だという。紙の端は少し黄ばんでいて、長く受け継がれてきた重みがあった。 「まずは読み方だな。同じ文でも、置き方で人が変わる」 先輩はそう言って、ひとつの台詞を何度も言い換えた。ゆっくり言えば情けなく、早口ならずる賢く、間を空ければ妙に色気が出る。その違いに私は首をかしげたが、隣の同級生が自分の失敗を混ぜて演じると、急に場がほどけた。昨日の廊下で靴ひもを踏まれて転びそうになった話まで、噺の小道具になるのだから不思議だ。 部活の時間は、練習と知識確認が半分ずつだった。古典の作者名や筋書きを答えるたび、男子が外した答えをしては先輩に叱られ、叱られたはずなのに最後は皆で笑う。私は演目の冒頭を任されたが、声を張ろうとすると喉が固くなった。客席を想像しただけで、台詞が紙の上に逃げていく。 そんな私に、先輩は 「上手くやろうとするほど、言葉は机の下に隠れる」 と言った。そして、自分の初舞台で噛みすぎて、師匠に向かって謝る前に客へ謝ってしまった話をした。聞けば聞くほど、頼もしいはずの先輩にも転ぶ瞬間があり、その転び方まで笑いに変えてきたのだとわかる。 ある日の練習では、男子が小道具の茶碗を落とし、床にころんと転がった。誰もが息をのんだが、先輩がすかさず 「今のは客が驚く場面」 と言い切り、拾う動作まで演技に組み込んだ。たったそれだけで、失敗は失敗の顔をやめた。私はそれを見て、落語は整った正解を運ぶものではなく、揺れた出来事を面白く抱き上げるものなのだと少しだけわかった。 帰り際、台本を胸に抱えたまま振り返ると、部室の中では誰かが次の稽古日を叫び、別の誰かが菓子の話をしていた。相変わらず締まりはないのに、そこにいる全員の呼吸がそろっている。私もその輪の端ではなく、もう中にいた。文化祭で何を言うかはまだ頼りない。それでも、日常のつまずきさえ噺になるのなら、私の声にも役目はあるのかもしれない。そう思えた帰り道、鞄の中の台本が、少しだけ温かかった。
落語部の昼下がり
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