片付けを終えた部室は、昼間の熱気が嘘みたいに静かだった。さっきまで舞台裏で交わしていた短い確認の声も、客席から押し寄せていたざわめきも、もうどこにもない。けれど陽奈の耳には、まだ拍手の余韻が薄く残っていた。 「……ほんとに、あんなに笑ってもらえるんだ」 陽奈がぽつりと言うと、紬は畳んだ座布団を机の横へそろえながらうなずいた。 「想像以上だったね。完成度より、空気が届いた感じがした」 「空気って」 莉奈は台本の束を揃えつつ、肩をすくめる。 「でも、たしかにそうかも。私たち、ちゃんとした芸を見せたっていうより、いつもの調子をちょっと高くしただけだし」 「それがよかったんじゃない?」 陽奈が笑うと、紬も小さく目を細めた。 「落語部が続いていく理由って、たぶん技術だけじゃない。毎日の言い間違いとか、沈黙とか、うっかりとか。そういうのを拾うのが、うちのやり方なんだと思う」 莉奈が机に頬杖をつく。 「つまり、日常がそのまま仕入れ先ってことだね」 「言い方は雑だけど、近い」 「雑でも伝わるなら勝ちでしょ」 そのやり取りに、陽奈は吹き出した。最初にこの部室へ入った日のことが、ふいに浮かぶ。長い名前をからかわれて、でもその軽さに救われた。あのとき聞いた小噺の始まりは、いまの自分にとってはもう、ただ真似するものじゃない。 陽奈は机の上のノートを開いた。空白のページが、蛍光灯の光を受けて静かに白い。 「ねえ、最初に聞いたあのやつ、覚えてる?」 「もちろん」 紬がすぐに答える。 「自己紹介代わりの、あれでしょ」 「うん」 陽奈は一度息を整え、それから自分の言葉で、軽く締めた。 「長い名前も、長い毎日も、笑えるなら悪くない。だから、ちゃんと覚えておく。次に使うときは、もう少し自分の声で」 言い終えたあと、部室がほんの少しだけ静かになった。 「……いい締め方するじゃん」 莉奈が目を丸くして、それからにやっと笑う。 「入部当初の陽奈とは思えない」 「今のは、最初に聞いたから言えたんだよ」 紬はノートを開き直し、新しい欄に日付を書き込む。 「じゃあ、次の季節に向けて始めようか」 「ネタ帳、増やすんですね」 「もちろん」 「日常は尽きないからね」 陽奈がうなずくと、莉奈がページの余白を指でとんと叩いた。 「よし、次の笑いの種、もうあるかな」 三人は同時に、まだ何も書かれていないページを見下ろした。静かな部室の中で、ノートの白さだけが、これから始まる騒がしさを先に知っているみたいだった。
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女子高生落語部の日常コメディ。古典落語を組み合わせたネタが随所に存在する。
