文化祭のあと、部室は一気に秋の顔になった。熱に浮かされていたような日々が終わり、畳の上には片づけ終えた座布団と、読み込まれた台本だけが残っている。私は扉を閉めかけて、ふと足を止めた。机の上に、見覚えのない封筒が一通置かれていたからだ。 「また何か落としたのか」 先輩が扇子で封筒をつつく。差出人は書かれていない。けれど中の紙を開いた瞬間、部室の空気がすっと変わった。そこには、たった一行、丁寧な字でこうあった。昨日の噺を聞いて、うちの文化祭でも一席お願いしたいです。 「依頼だ」 同級生の女子が目を丸くする。男子は口を半開きにしたまま固まった。私も心臓が跳ねた。学校の中だけで終わると思っていた高座が、別の場所へ手を伸ばしてきたのだ。 先輩はしばらく紙を見つめ、それからふっと笑った。 「面白いじゃないか。落語は呼ばれて出ていく方が似合う」 「でも、私たちだけでできますか」 私がそう言うと、先輩は当然のように首を振った。 「一人でやる芸に見えて、実は一人じゃ立たない。昨日、もうわかっただろう」 その言葉に、私は自然と視線を仲間へ向けた。文化祭本番の前も、後も、私たちは何度も失敗を拾い合ってきた。扇子を落とした音さえ笑いに変えたあの日から、怖さは消えなくても、ひとりで抱え込む癖は少しずつ薄れていた。 同級生の女子が、封筒の文面を読み直して言う。 「これ、うちの学校だけじゃなくて、見てる人がいたってことだよね」 「見てる人がいるなら、やるしかないな」 男子も珍しく真剣な顔でうなずく。私はその様子を見て、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。 翌週、私たちは依頼先の文化祭に向かった。体育館の片隅に作られた簡素な高座は、昨日より少し広く、少しだけ静かだった。けれど、客席を見回すと、そこには知らない顔ばかりではなく、図書室で落語全集を抱えていたあの一年生の姿もあった。 最初の一言を置いた途端、空気が柔らかくなる。私が話し、先輩が受け、同級生の女子が間をつなぎ、男子がわざとらしく外して笑いを生む。昨日まで教室の片隅にあった出来事が、今日は知らない人の笑い声になって返ってくる。私たちの噺は、もう部室の中だけに収まるものではなかった。 終演後、拍手の中でその一年生が駆け寄ってきた。 「次は、私も出たいです」 先輩が目を細める。 「じゃあ、まずは聞き手からだ」 私はそのやり取りに笑いながら、台本を胸に抱き直した。 落語は、過ぎていく日常をそのまま置いておく芸じゃない。転んだことも、言い間違えたことも、誰かと目を合わせた一瞬も、全部まとめて次の話へ連れていく。そう気づいた今なら、どんな小さな出来事も見逃したくないと思える。 帰り道、鞄の中で扇子がかすかに鳴った。私は立ち止まらず、その音を聞きながら歩く。明日もきっと、部室には話の種が転がっている。先輩の軽口も、同級生の機転も、男子のうっかりも、全部がまた一席になる。そんな予感とともに、私は落語部を続けていくと静かに決めた。
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女子高生の落語部を舞台にした日常コメディ。古典落語の要素を取り入れた小ネタや掛け合いを随所に散りばめる。
