「卵かけご飯は、ぜいたくか」 公平がその一言を口にした瞬間、部室の空気はいつも少しだけ熱を帯びる。窓の外では放課後の光が傾き、机の上には使いかけのノートと、誰かが置き忘れた醤油の小瓶がひとつ。どうしてそんなものがここにあるのか、公平にも覚えはなかった。 「ぜいたくに決まってるでしょ」 結衣は腕を組み、きっぱりと言った。 「卵の値段、上がってるし。毎日食べるものじゃないからこそ、贅沢感があるの」 「いやいや」 奏が椅子を鳴らして身を乗り出す。 「卵かけご飯なんて、むしろ庶民の味だろ。白いご飯に卵を落として、醤油を少し。あれ以上に手早く、手軽で、親しみやすい食べ物ある?」 「手軽と安いは同じじゃないわ」 「同じだろ。少なくとも、豪華ではない」 公平はため息をつきながら、ふたりの顔を見比べた。毎日同じ題材を繰り返しているはずなのに、議論はなぜか新鮮で、なぜか本気だった。結衣は値段の話に持ち込み、奏は庶民性を押し返す。そのたびに、まるで見えない審判でもいるみたいに、互いの言葉が鋭くぶつかる。 「じゃあ聞くけど」 結衣が机を軽く叩く。 「卵の値段が上がってる今、ほんとうに気軽に食べられるって言える?」 「言える。だって、気軽さは値札だけで決まらない」 奏は即答した。 「忙しい朝でも、これなら食べられる。準備も後片付けも少ない。生活に寄り添ってる。そういう意味で、卵かけご飯はぜいたくじゃなくて、日常だ」 「日常だからこそ、少しの変化で印象が変わるのよ。卵ひとつの値段で、ぜいたくにも節約にもなる」 公平は笑いをこらえた。どちらも大げさではないのに、言葉の端々に妙な迫力がある。しかも、誰も引かない。負けを認める気配もない。これがこの部の、いつもの夕方だった。 「公平はどっちだよ」 急に振られて、彼は視線を天井へ逃がした。 「俺か。俺は……今日の卵かけご飯は、話し合い次第でぜいたくになると思う」 「なにそれ」 結衣が呆れたように笑う。 「議論しながら食べるなら、たしかに贅沢かもな」 奏も肩を揺らした。 公平は頷いた。くだらない。けれど、こうして本気で言い合える時間こそ、いちばん手放しがたい。彼は窓の外へ目をやり、少しだけ赤く染まった空を眺めた。 「じゃあ、今日の結論は保留だな」 「また保留?」 「毎回そうだろ」 結衣は笑って、奏は次の反論を探すみたいに指先で机を叩いた。部室には、言葉の火花だけが静かに残っている。公平はそれを見守りながら、次はどんな一言でこの議論が始まるのか、もう少しだけ楽しみにしていた。
卵かけご飯論争部
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