エラベノベル堂

卵かけご飯論争部

全年齢

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2章 / 全10

「保留、って便利な言葉だよな」 部室を出て校舎の廊下に足を踏み出したとき、奏がぼそりとこぼした。公平は苦笑しながら、結衣の 「次も保留なら議事録に書くべきね」 という嫌味を受け流す。そんなやり取りを続けながら、三人はいつもの帰り道を外れて校庭の脇へ回り込んだ。夕方の風が少しだけ冷たく、人気のない校舎裏は、日が落ちる前の影を長く伸ばしていた。 「……あれ」 結衣が足を止めた。飼育小屋の前に、見慣れない段ボール箱が半開きで置かれている。その横で、白い羽が一瞬だけ揺れた。 「今、動いたよな」 奏が目を丸くする。 次の瞬間、箱の縁から小さな影がぴょんと飛び出した。地面に降り立ったそれは、ぱたぱたと慌ただしく翼を震わせ、飼育小屋の脇をすり抜けて校庭の方へ走りかける。 「ニワトリ……?」 公平は思わず声を上げた。段ボールの中には、散らばったわらと、くしゃりと押しつぶれた紙しか残っていない。 「逃げた、よね」 結衣が眉をひそめる。 「このままだと危ない。とにかく保護しよう」 公平は反射的に一歩踏み出した。追いかけるというより、驚かせないように距離を詰める。相手は小さいが、慌てた様子が伝わってきて、無理に追い詰めればさらに逃げる気がした。 「保護って、具体的に何するの」 「まず落ち着かせる。逃げ道を塞ぐ。……それから、先生に知らせるとか」 「なるほど、弁論の前に実地調査ってわけね」 紗希の声が、いつの間にか背後から飛んできた。討論の帰り道に合流したらしく、彼女は目を輝かせてニワトリを見ている。 「これは面白い。主張の材料が、机の上から飛び出してきたみたいだ」 「面白がってる場合かよ」 奏が半目になる。 紗希は気にしたふうもなく、両手を腰に当てた。 「でも、ただの騒ぎで終わらせるのはもったいない。生き物を前にして、責任と自由をどう考えるか。ほら、実地調査としては最高でしょう」 「言ってることは分かるけど、今はまず捕まえたい」 公平はそう言いながら、そっと両手を広げた。だがニワトリは、彼の足元を警戒するように一歩引くと、またぱたぱたと向きを変える。 「うわ、速い」 「軽い見た目のわりに、逃げ足が本気だな」 結衣が周囲を見回す。 「でも、どうやって世話するの。うち、誰も経験ないでしょ」 その言葉で、四人の動きがぴたりと止まった。捕まえることと、守ることは別だ。あまりに当たり前のことなのに、誰も今の今まで考えていなかった。 公平はニワトリを見た。相手は警戒しながらも、完全に怯え切っているわけではない。ただ、頼れる場所を知らないだけにも見える。 「……とりあえず、逃がすのはだめだ」 公平は言った。 「保護しよう。世話のやり方は、あとで考える。考えながらでも、できることはあるはずだ」 奏が短く息を吐く。 「勢いで始まるの、いつも弁論部っぽいな」 紗希はくすりと笑って、しゃがみ込んだ。 「だったらなおさら、これは調査対象だね。さあ、どうする、部長」 夕方の風の中で、白い影はまだ小さく身を縮めている。公平は一度だけ頷き、次の一歩を探すように手を伸ばした。

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