「おはよう、って顔じゃないわね」 扉の向こうへ返事をするより早く、結衣が小さく笑った。昨夜のノックの正体は、結局ただの先生だったらしい。だが、そのあとに続いた説明で、部室はようやく今日の舞台へ押し出された。 今は中庭に、朝の光が柔らかく落ちている。机代わりの折りたたみテーブルの上には、温かいお茶と、各自の朝食が並んでいた。公平は箸を持ったまま、目の前の紙を見ている。発表会の原稿だ。昨日までの騒ぎをまとめたはずなのに、行間にはどこか笑いが混じっていた。 「じゃあ、いくよ」 紗希が合図する。 公平は深呼吸して、前へ出た。 「弁論部は、ニワトリ騒動を通じて考えました。食べ物の値段が高い、安いだけでぜいたくは決まらない。むしろ、分け合う時間こそが、いちばんのぜいたくかもしれません」 中庭に集まった生徒たちの間から、くすりと笑いが漏れる。 「たとえば、卵かけご飯を囲んで議論する時間。誰かが卵を気にして、誰かがご飯をよそい、誰かが醤油の量で真顔になる。そんな、くだらなくて大事な時間です」 「くだらなくて大事、は褒め言葉?」 と奏が横から突っ込む。 「もちろん褒め言葉だ」 公平が即答すると、今度は素直な笑いが広がった。 結衣が原稿を受け取り、少しだけ声を張る。 「ニワトリは今、校内の新しい飼育場所で落ち着いています。だから私たちも、ただ守っただけじゃなくて、考え方を少し変えました。ぜいたくって、ひとりで抱え込むものじゃなくて、誰かと分け合える余白のことなのかもしれないって」 その言葉に、数人がうなずく。 振り返ると、白い羽が柵の向こうでゆっくり揺れていた。新しい場所に慣れたのか、ニワトリは以前ほど落ち着きなく動き回っていない。まるで最初からそこにいたみたいに、朝の空気に溶け込んでいる。 「じゃあ最後に」 奏が箸を掲げた。 「今日の議題は、卵かけご飯はぜいたくか、じゃなくて、朝ご飯は誰と食べるとぜいたくになるか、だな」 「それは議論になるわね」 紗希が肩を揺らした。 公平は席に戻ると、少し冷めたご飯に卵を落とした。黄身が丸く広がる。隣では結衣が醤油をほんの少し垂らし、奏が 「入れすぎだ」 と顔をしかめる。 「じゃあ、続きやろうか」 公平の言葉に、三人が同時に笑った。中庭の朝は、昨日より少しだけ静かで、少しだけ豊かだった。
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卵かけご飯がぜいたくかどうかを毎日討論する高校の弁論部。ある日、部員たちがひょんなことからニワトリを保護し、そこから騒がしい日常が始まるコメディ。
