エラベノベル堂

卵かけご飯論争部

全年齢

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9章 / 全10

「……つまり、どこに置くかじゃなくて、どう受け止めるか、か」 夜の部室は、昼間の騒ぎが嘘みたいに静かだった。窓の外には黒い校舎の輪郭が沈み、机の上に積まれた意見の紙だけが、白く浮かび上がっている。公平はその束を見つめながら、そっと息を吐いた。 結衣が腕を組む。 「今さらだけど、ぜいたくって言葉がこんなに面倒なものだなんてね」 「面倒だから、議論になるんだろ」 奏が椅子に背を預ける。 「高いか安いかだけなら一瞬で終わる。でも、手間とか気持ちとか、誰が支えるかまで入れると、答えが増える」 紗希は頷きながら、紙を一枚つまみ上げた。 「卵かけご飯派も、飼育応援派も、静観派も、どれも間違ってないのよね。見ている場所が違うだけで」 「だから、最終調整が必要なんだろ」 公平はそう言ってから、自分の言葉に少しだけ驚いた。最終調整。そう呼ぶと、ただの混乱が、ようやく形になり始めた気がした。 箱の中でニワトリが小さく身じろぎする。部員たちは一斉にそちらを見た。あれだけ校内を駆け回ったくせに、今は紙箱の隅でおとなしく羽を整えている。 「この子も、答えが一つじゃないのを知ってるみたいだな」 奏が苦笑する。 「知ってるというより、巻き込んでるのよ」 結衣が言うと、紗希が小さく笑った。 「でも、そのおかげで見えたこともある。ぜいたくって、値段だけじゃ決まらない。安心できる場所とか、誰かと分け合う手間とか、そういうのも含まれる」 公平は机に置かれた資料の山へ視線を移した。説明のために集めた言葉、校内放送で届いた意見、そして今ここにいる四人の沈黙。どれもバラバラなのに、たしかに同じ場所へ向かっていた。 「俺さ」 公平がぽつりと言うと、三人がすぐに顔を向けた。 「毎日の討論って、勝つためにやってたわけじゃないんだと思う。言い負かすとか、正しさを決めるとか、それだけじゃなくて……当たり前に見える暮らしを、もう一回見直すためだったんだ」 結衣は目を細めた。 「珍しく、いいこと言うじゃない」 「珍しくは余計だ」 「でも、本当にそうね」 彼女は少しだけ声をやわらげた。 「卵かけご飯だって、ニワトリだって、ただの食べ物や生き物じゃない。誰かが手をかけた結果、今ここにある。それを忘れたら、ぜいたくかどうかなんて議論も浅くなる」 奏が頷く。 「勝ち負けじゃなくて、見方を増やすための討論か。そりゃ、毎日やる意味もあるわけだ」 紗希は紙束を揃え、ふっと笑った。 「ねえ、公平。明日、ちゃんとまとめるなら、今夜の結論はひとつでいいんじゃない?」 「ひとつ?」 「ぜいたくは、一種類じゃない。そういうこと」 公平は、その言葉を口の中で転がした。窓の向こうで風が鳴り、紙の端がかすかに揺れる。ニワトリが一度だけ小さく鳴いた。その声が、まるで答えを急ぐなと言っているみたいで、部室の空気が静かにほどける。 「……なるほどな」 公平がそう漏らした瞬間、廊下のほうから足音が近づいた。だれかが扉の前で立ち止まる気配がする。部員たちは顔を見合わせ、まだ言葉にしきれない意見の束をそっと押しやった。扉の向こうで、軽くノックが響いた。

9章 / 全10

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