エラベノベル堂

卵かけご飯論争部

全年齢

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9章 / 全10

校長室のマイクが赤く灯るまで、真白は自分の指先が冷えていることに気づかなかった。放送室の窓の外では、昼休みの校庭がいつも通りざわついている。だが、机の上に置かれた白い卵が、そこだけ別の時間を作っていた。蒼が思わず身を乗り出し、奏は書類と卵を見比べ、悠は妙に落ち着いた顔で椅子に座り直す。 「最後に、これを置いていったのは誰ですか」 真白が校長に向かって問うと、返事の代わりに扉が開いた。入ってきたのは、養鶏場の女性だった。彼女は小さく頭を下げ、卵を置いたのは、今朝引き取られたはずのニワトリが、移送の途中で残したものだと告げた。無事に戻った証として、そして世話をした人たちへの礼のように。 真白は息を飲んだ。守れたと思っていたものは、ただ囲いの中にいたのではない。向こうからも、こちらへ何かを返していたのだ。校長は少し目を細め、ならば話してほしいと言った。卵かけご飯がぜいたくかどうかではなく、何気ない一杯を前に、人は何を受け取り、何を返すのかを。 放送の向こうで、校内の気配が静まっていく。真白は原稿を置いた。そこに書かれていたのは、値段でも栄養でもなかった。ただ、朝ご飯はひとりで完結しないこと、食べるとは誰かの手を思い出すこと、そしてその思い出が日常を少しだけ豊かにすることだった。蒼が頷き、奏が続け、悠がいつもの調子で、でも今は真面目に締めくくる。 「だから、ぜいたくかどうかの答えは、たぶん半分しか要りません。残り半分は、誰かと分けた記憶です」 放送が終わると、沈黙のあとに拍手が返ってきた。教室から、廊下から、階段の踊り場から、ばらばらなのにひとつに聞こえる音だった。校長は書類を閉じ、部の活動を正式に認めると言った。ただし条件がある。今度の全校発表は、討論だけでなく実演つきにすること。 その日の夕方、弁論部の黒板には新しい題目が書かれた。豆腐はぜいたくか。真白がチョークを置くと、悠がふざけたように腕を組み、蒼がもう議題を膨らませ始め、奏はため息をつきながらも笑っていた。窓辺には、あの卵を運んできた養鶏場の紙袋が残っている。中身は空だったが、不思議と満ちて見えた。答えはまだ出ない。けれど、次の一杯をめぐる言葉なら、もう十分に始まっている。

9章 / 全10

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