「で、名前はいるのかしら」 部室の扉を閉めた途端、結衣が腕を組んだまま言った。机の端には、昨夜のうちに拝借したらしい古いバケツと、紙箱、少しちぎれた新聞紙が並んでいる。公平はそれを見て、まず居場所のほうを考えた。けれど、結衣の言い方は妙に本気で、奏まで 「呼び名がないと不便だろ」 と頷く。 「いや、校内に届けるのが先じゃない?」 「それも分かる。でも、名前をつけると愛着が湧く」 結衣がさらりと言う。 「愛着が湧くと、持ち主不明でも手放しにくくなる。つまり、責任の重さが増すの」 「最初から論点が重いな」 奏が苦笑した。 その横で、花歩が目を輝かせる。 「私は賛成。だって、この子がいると食費の論点が増えるでしょ」 「そこ喜ぶところか」 公平は思わず突っ込んだ。だが花歩は悪びれない。 「卵の話だけじゃ、毎回ちょっと同じだったし。飼うなら飼うで、何をどれだけ食べるか、誰が面倒を見るか、ぜいたくの定義が増えるじゃない」 「……確かに」 公平はニワトリを見た。紙箱の中で、白い首がちょこんと動く。昨夜の慌ただしさが嘘みたいに、今は小さく丸まっている。 「でも、先に名前を決めるより、餌と場所だ」 公平は言った。 「落ち着ける場所がないと、ここにいる意味がない。校内に届けるにしても、保護するにしても、まず空腹にさせない方がいい」 「部長らしい優先順位ね」 結衣が少し口元を緩める。 「じゃあ、即席の飼育会議といきましょうか」 紗希が椅子を引いて、机の上にノートを広げた。 「議題は三つ。餌、居場所、そして名前。順番はあるけど、全部つながってる」 「いつの間に議長をやる気になった」 奏が呆れる。 「だって面白いもの。議論は机の上だけじゃないほうがいい」 そう言って、紗希はペン先を軽く叩いた。 公平は息を吐き、紙箱のそばにしゃがみ込む。ニワトリは彼の動きに警戒しながらも、逃げようとはしなかった。 「まずは水だな。餌は、先生に聞くのが早いか」 「校内に届ける案は?」 結衣がすかさず尋ねる。 「まだ保留。でも、保留のまま何もしないのは違う」 公平は答えた。 「守るって決めた以上、今日の分くらいは守る」 その言葉に、部室が少し静かになった。花歩は 「いいね」 と小さく笑い、奏も 「なんか部長っぽい」 と肩をすくめる。けれど、その空気の中で、誰も反対はしなかった。 ニワトリが小さく鳴いた。まるで、会議の始まりを告げるみたいに。 公平はノートの端に視線を落とし、最初の項目へとペンを走らせた。
卵かけご飯論争部
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