翌朝、部室に入った真白は、まず窓辺の静けさに違和感を覚えた。いつもなら、ニワトリの落ち着きのない足音が床を小さく鳴らしているはずなのに、今日は羽ばたきひとつしない。段ボールの囲いの中をのぞくと、そこにいたはずの白い影は消え、代わりに古い手帳が一冊、きちんと中央に置かれていた。 真白が息をのむより早く、悠が扉を閉めた。 「外には出てない。たぶん、誰かが連れていったんだ」 その声は珍しく乾いていた。奏は床に落ちたわずかな羽を拾い上げ、蒼は裏庭へ走ろうとして、途中で立ち止まった。探しに行くべきか、まず知らせるべきか。四人の間に、これまでで最も重たい沈黙が落ちる。 手帳を開くと、見覚えのない筆跡で一行だけ書かれていた。卵かけご飯はぜいたくではなく、約束である。真白は眉をひそめた。言い回しは妙だが、どこか自分たちの議論を見抜かれている気がした。奏がページをめくると、裏表紙に学校名と事務室の押印があり、さらに端の方に、裏庭の清掃記録を示す日付が残っていた。蒼がそこで顔を上げる。 「これ、学校の管理用の帳面じゃないか」 その瞬間、廊下の向こうから足早な声がした。職員室から借りたという名目で、用務員が姿を見せたのだ。彼は苦笑しながら、ニワトリは昨夜のうちに保護されたこと、今朝、近隣の養鶏場へ無事に引き取られたことを告げた。部員たちは拍子抜けしつつも、胸の奥に残っていた固いものが少しずつほどけていくのを感じた。悠だけが、なぜか手帳を抱えたまま動かなかった。 「持っていったの、誰ですか」 真白が尋ねると、用務員は首を振った。 「届け先の名を見れば、わかるかもしれない」 そう言って示された欄には、弁論部とあった。部員たちは顔を見合わせる。これは返却されるはずの書類ではなく、最初から彼らに渡すためのものだったのだ。 中を読むうち、四人は少しずつ気づき始めた。ニワトリの世話に追われた数日間、誰がどんな言葉を選び、どんな食べ方をしていたか。その記録は、討論の成績表ではなく、食卓の記憶そのものだった。真白は手帳を閉じ、ふっと息をついた。ぜいたくかどうかを争っていたはずなのに、今ここで問われているのは、失って初めて見える日常の重みなのだと。すると悠が、少しだけ笑って言った。 「なら次は、米一粒の討論でもやるか」
卵かけご飯論争部
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