エラベノベル堂

秘密結社の便利屋

全年齢

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1章 / 全10

地下三階、使い道のない会議室に、秘密結社黒曜会の面々は肩を落として集まっていた。壁の奥に仕込まれた古い機械は、今にも止まりそうな唸りを上げ、天井の電灯は心細く瞬いている。会計係の冬真が机に書類を並べるたび、場の空気はさらに重くなった。 「今月の残高、これです」 差し出された数字は、沈黙を呼ぶには十分だった。秘密結社としての誇りを語る者はいても、真正面から悪事に踏み出せる者は一人もいない。誰かが町外れの倉庫を奪おうと言い出せば、別の誰かが顔を青くして反対する。脅しも盗みも、言葉にするだけで胃が痛くなるのだ。 「そもそも、うちは向いていないのでは」 幹部の一人が漏らした本音に、皆がしんとした。彼らは危険な組織の皮をかぶっているが、中身は妙に気の弱い集まりだった。剣を振るえば机を割り、暗号を決めれば自分たちで忘れる。そんな連中が、どうして巨額の資金を手にできるというのか。 会議はいつものように空回りした。世界征服の計画は三分で破綻し、脅迫まがいの案は一声の反論で霧散した。最後に残ったのは、予算を削るか、稼ぐか、という二択だけだった。 冬真は、帳簿の端を指で押さえながら言った。 「悪いことをするより、困っている人を助けたほうが早いのでは。しかも、正体を隠したままなら、結社らしくも見える」 最初は誰も笑った。だが笑いはすぐに弱まり、やがて真顔に変わった。たしかにそれなら、盗みの勇気も、脅しの才覚もいらない。必要なのは、少しの知恵と、目立たぬ工夫だけだ。 「安全な副業か」 誰かがつぶやくと、会議室の空気が少しだけ軽くなった。黒曜会は、その夜、町の困りごとを引き受ける謎の手伝い屋を始めることを決めた。表向きはただの便利屋、だが扉の奥には秘密結社の赤い印が隠されている。彼らはまだ知らない。この小さな思いつきが、資金難を救うだけでなく、思いもよらぬ評判を連れてくることを。

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