冬真が最後の帳簿を閉じたのは、雨上がりの夜だった。会議室の机には、今月分の収支報告と、山のような依頼書が並んでいる。そこに記された数字は、もはや赤ではない。秘密結社黒曜会は、ついに維持費の不安から解放されたのだ。 「ここまで来るとは思いませんでしたね」 誰かがぽつりと言い、別の誰かが肩をすくめた。 「悪いことをしないほうが儲かるなんて、世の中はわからない」 笑いが起こる。仰々しい外套も、怪しげな名乗りも、今では町の人々にとって安心の合図になっていた。困りごとがあれば黒曜会。そう呼ばれるたび、彼らは少しだけ誇らしかった。 だが冬真は、帳簿の端に新しく書き足した文字を見つめていた。収入、経費、継続。その先にあるのは、利益だけではない。共同園の手入れ、祭りの準備、古い通りの再生。町を巡るたび、誰かの顔が明るくなる。こじれた会話がほどけ、閉じていた店が開き、止まっていた時間が少しずつ動き出す。 「うちは、たぶん最初からこういう仕事向きだったんでしょう」 冬真の言葉に、皆が静かにうなずいた。悪事を働く勇気はなかった。だが、人の役に立つことなら、妙に発揮できる。しかもそれは、面白くて、感謝されて、思った以上に儲かった。 そのとき、扉が控えめに叩かれた。開けると、そこに立っていたのは近所の少女だった。両手には、小さな鉢植えがある。 「おばあちゃんに言われたんです。ここなら、これをちゃんと元気にできるって」 鉢の中では、弱々しい芽が雨粒を受けていた。冬真が受け取ると、少女は少し照れたように続ける。 「それから、うちのお父さんもお願いしたいです。最近ずっと元気がなくて」 冬真は思わず笑った。依頼ではない。招待だった。この町はもう、黒曜会を怪しい手伝い屋とは見ていない。困ったときに呼ぶ相手であり、気づけば頼りにしてしまう居場所だ。 会議室の奥で、古い機械が低く鳴った。まるで満足げに息をつくように。 「よし、次の仕事だ」 誰かが言うと、全員が立ち上がった。結社は存続の危機を越え、予想外の商売を手に入れた。悪事をしなくても、世界は少し良くできる。そのうえ、ちゃんと儲かる。黒曜会はその事実を受け入れ、これからも町のどこかで、静かに、しかし確かに面白いことを続けていく。雨上がりの空の下、赤い印の扉は、次の相談を待っていた。
検閲済みプロット
予算不足の秘密結社が、資金難を解決するために意外な方法でお金を稼ごうとする。悪事はできないが、試行錯誤の末に思わぬ発想で活動を始め、結果的に世界が少しずつ良い方向へ向かっていくコメディ。
