夜明けの空気は、昨日の深夜配信の熱をすっかり冷ましていた。会長は眠そうな目で市役所前に立ち、整列した幹部たちの顔を見回す。仮面も黒い布も、ここでは少し浮いて見えた。 「……朝っぱらから役所かよ」 「早い方が話は通ります」 副長が書類の束を抱えたまま答える。若い幹部は、まだ紙袋から湯気の立つ缶を取り出していた。 「スポンサー、来ましたよ。大口です」 「本当に来るのか」 「来たから並んでるんです」 会長が顔をしかめたところで、職員用の出入口から現れた担当者が、丁寧に頭を下げた。名刺を差し出され、会長は反射的に受け取る。 「以前から、皆さんの活動を拝見していました」 「拝見、って……」 「街のためになることを、かなり正確に続けておられますね」 副長が一瞬だけ目を伏せる。若い幹部は、紙袋の持ち手をきゅっと握った。 「その、条件は?」 会長が先に聞く。こういう話は、だいたい嫌な縛りがある。 担当者は穏やかなまま、手元の資料を示した。 「街のためになる活動に限ること。それ以外の用途では、支援は出せません」 「……は?」 会長の声が裏返る。 「いや、それだと、うちは」 「ええ。活動実績が十分です。正式な公益団体としての申請も、こちらで進められます」 空気が止まった。 「公益団体?」 若い幹部が思わず聞き返す。 「秘密結社だぞ、こっちは」 「存じています」 担当者は微笑んだ。 「ですが、今の皆さんは、街に必要なことをしている。ならば、きちんとした形で支える方がよいでしょう」 会長は言葉を失ったまま、名刺を見下ろす。公益、正式、申請。どれも、怖がられるために用意した単語ではない。 「そんなの、聞いてないぞ」 「こちらも、最初は冗談かと思いました」 副長が小声で言う。 「でも、実績で押し切られた形です」 「押し切るな」 会長は額を押さえた。悔しい。大口スポンサーを取ったはずなのに、勝った気がしない。それどころか、町内会の延長みたいな責任まで背負わされる。 若い幹部が、半ば呆然としながら書類をめくる。 「これ、条件を守れば、かなり自由に動けますね」 「自由に、って言うな」 「でも、街のためなら、やれることは増えます」 副長の声は静かだった。会長はそれを聞いて、さらに悔しくなる。 「俺たちがやりたかったのは、こんなんじゃなかったはずだろ」 「ええ」 「なのに、なんで道が開けてる」 誰も即答しない。代わりに、市役所前を行き交う人たちが、ちらりと仮面を見て会釈していく。怖がる顔ではない。もう、よく知っている顔だ。 担当者は最後に、やけに丁寧な口調で言った。 「必要な手続きは、午後までにご説明します。街の活動を、続けてください」 会長は書類の束を受け取り、しばらく固まったあと、深く息を吐いた。 「……正式に、だと」 「はい」 「秘密結社なのに、正式に」 「そのようです」 副長が苦笑する。若い幹部は、もう笑うしかないという顔で空を見上げていた。 朝の光の中で、役所の白い壁がやけにまぶしい。会長は書類を握りしめたまま、その先に並ぶ見慣れた仮面と黒布を思い浮かべる。 「こんなの、反則だろ」 そう言った声は、悔しさのわりに、少しだけ弾んでいた。
秘密結社の便利屋
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