エラベノベル堂

秘密結社の便利屋

全年齢

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9章 / 全10

その温室の事件から、黒曜会はひとつだけ商売のやり方を変えた。依頼を受ける前に、相手が何を残したいのかを必ず聞く。それだけで、仕事の景色は大きく変わった。直すべきなのは建物だけではない。人がそこで過ごしてきた時間や、手放したくない気持ちもまた、仕事の一部だったのだ。 冬真は帳簿の端に新しい欄を作った。収入、経費、そして継続。最後の項目には、共同園の手伝い、祭りの再開、古い通りの再生といった文字が並ぶ。数字としては地味だが、満足げなため息と引き換えに増えていくそれは、どんな赤字対策より頼もしかった。 ある夜、会議室に集まった面々は、いつもより遅くまで残っていた。壁際の古い機械は、前ほど心細く唸らない。むしろ、満ち足りた猫のように低く響いている。 「結局さ」 誰かが湯飲みを傾けながら言った。 「うちは、悪いことをしようとしていたのに、向いてなかったんだな」 「向いてなかったというより、最初から別の仕事向きだったんでしょう」 冬真は笑って返した。 秘密結社としては、あまりにもまっとうだ。だが、まっとうであるほど儲かるのなら、それでいい。黒い外套も、仰々しい名乗りも、今では人を脅かす道具ではなく、安心して頼ってもらうための看板になっていた。 そこへ、扉を叩く音がした。新しい依頼書だろうと思って冬真が開けると、立っていたのは見慣れない子どもだった。手には、紙ではなく土のついた小さな鉢植えがある。 「ここに頼めって、近所のおばあちゃんに言われた」 子どもは少し照れた顔で続けた。 「これ、枯れそうなんだって。あと、うちのお父さんも、最近ずっと元気がないから……」 冬真は鉢を受け取り、ふと息をのんだ。葉の影に、小さな札が結びつけてある。そこには、黒曜会へ、町の家庭菜園の見回りもお願いしたい、と書かれていた。けれど差出人の欄は空白ではない。町じゅうの名前が、見えない糸のように連なっていた。 それは、依頼ではなかった。招待だった。 冬真は振り返り、仲間たちに見せた。最初に目を丸くしたのは、いちばん怖がりな構成員だった。次いで、誰もが同じ顔になる。困りごとを片づけていたはずが、いつの間にか町の居場所になっている。 「……本当に、予想外ですね」 そう言って冬真が笑うと、会議室にいた全員が、今度は遠慮なく笑った。秘密結社は資金難を越え、善良な組織として町に根を下ろした。しかもそれは、敗北ではない。思っていたよりずっと面白く、ずっと儲かる、彼らだけの成功だった。 扉の外では、次の相談がもう列を作り始めている。黒曜会はそれを知りながら、今日も赤い印のある帳簿を閉じた。世界は少しだけ良くなり、そのぶん商売もまた、少しだけ大きくなる。そんな不思議な循環が、彼らの夜を静かに温めていた。

9章 / 全10

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