エラベノベル堂

軽音部、はじめての放課後

全年齢

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1章 / 全10

「え、ここで合ってる……よね?」 引き戸の前で立ち尽くしたまま、私はもう一度、手のひらのメモを見た。軽音楽部。たしかにそう書いてある。放課後の廊下は夕方のざわめきで満ちていて、ガラス越しの光が少しだけ傾いていた。 そっと扉を開けると、アンプの並んだ部室の奥から、ぱっと視線が集まった。机を囲んでいた先輩たちが、それぞれ違う顔でこちらを見る。 「新入部員さん?」 「うん、たぶんそう。迷わず来られたなら才能あるね」 「いや、絶対迷ってた顔だろ」 一斉に言われて、私は思わず肩をすくめた。 「す、すみません。今日から入部の、七瀬です」 「私は結城。ギター担当。よろしく」 「鈴木。ベース。気楽にいこ」 「藤堂だよ。ドラム。困ったら大体なんとかなる」 「……なんとかなる、って大雑把すぎませんか」 私が言うと、藤堂先輩はへらっと笑った。 「大丈夫大丈夫。うちは細かいことを気にしすぎると、逆に音が死ぬから」 結城先輩はくすりと笑って、部室の隅に置かれた椅子を指した。 「まず座って。自己紹介、まだ終わってない人いるし」 すると、さっきまで無言でノートを見ていた先輩が顔を上げた。 「……小野寺。キーボード。好きなものは静かな曲。嫌いなものは、急に話を振られること」 「もう振られてますけど」 「そうだった」 空気がふっと和んで、私は少しだけ息を吐いた。緊張で固くなっていた指先が、ようやく自分のものに戻ってくる。 「七瀬さんは、楽器やったことある?」 鈴木先輩の問いに、私は正直に首を横に振った。 「ほとんどないです。文化祭で友だちのタンバリンを持たされたくらいで」 「十分だろ、それ」 「十分じゃないです」 誰かが笑う。からかわれているのに、嫌な感じはしなかった。 結城先輩は顎に手を当て、少しだけ考えるふりをする。 「じゃあ、ここから覚えればいい。最初はみんな、そんなもんだったし」 「ほんとに?」 「ほんとほんと。最初から上手い人なんて、たぶん幻」 その言い方が妙に気楽で、私は思わず吹き出した。部室の空気は、思っていたよりずっとゆるい。張りつめた感じを想像していた自分が、少し恥ずかしくなる。 机の上には、飲みかけのペットボトルと、書きかけの曲名メモが散らばっていた。どれも雑然としているのに、不思議と居心地がいい。ここなら、うまくやれなくても置いていかれないかもしれない。そんな予感が、胸の奥で小さく弾んだ。 「じゃ、七瀬さん。これからよろしく」 結城先輩の声に、私は勢いよく頭を下げた。 「こちらこそ、よろしくお願いします!」 顔を上げた先には、さっきより少しだけ近く感じる四人の先輩たちがいた。まだ何も知らないのに、知らないままで飛び込める場所がある。そう思えた瞬間、私はこの部室で始まる日々が、少し楽しみになっていた。

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