新学期の部室は、まだ机の脚まで春の光を抱えていて、窓際のカーテンがゆっくり膨らんではしぼんでいた。美咲はケースを抱えたまま、椅子の列の前で立ち尽くす。前に楽器を触ったのは、学校の授業で少し鳴らした程度だった。なのに今日から、自分もこの場所で音を出す側になるらしい。 「じゃあ、まずは持ち方からね」 穏やかな先輩がギターを膝に置き、美咲の手をそっと導いた。指先で弦を押さえると、思ったより硬く、痛いほどではないのに妙に頼りない。試しにひとつ鳴らしてみると、部屋の隅で猫がくしゃみをしたような、か細い音が返ってきた。 「あ、今のはだいぶ素直だった」 眼鏡の先輩が笑う。美咲は恥ずかしくなって手を引っ込めたが、その笑い方はからかいではなく、転び方を知っている人の声だった。 ドラムの前では、別の部員が椅子に座り、スティックを握っていた。軽く叩くだけなのに、拍がひとつずつ逃げていく。表情が曇ったその瞬間、ドラムの先輩が後ろから手首の角度を少し直し、床を数えるみたいに小さく合図を出した。 「一、二、三、四。足で覚えると迷いにくいよ」 やり直すと、今度は音が少しだけ前に進んだ。完璧ではないが、さっきまでのばらばらな響きが、机の上に並べた駄菓子みたいに形を持ちはじめる。 そのうち、美咲が弦を弾くたびに変な余韻が出たり、別の部員がスティックを落として床に転がしたりした。けれど誰も深刻な顔はしない。床に響いた乾いた音に、むしろ全員で吹き出した。 「今のはいい練習になったね」 「どのへんが」 「落としたあと拾う速さ」 そんなやりとりの中で、部室の空気は少しずつやわらいでいく。できないことを隠すより、失敗ごと机の上に出してしまったほうが早いのだと、誰かが教えるでもなく、みんなが覚えていった。 美咲はもう一度弦に触れた。今度は音がかすれず、さっきよりまっすぐ届く。たったそれだけのことで胸が少し軽くなる。窓の外では運動部の掛け声が遠く、部室の中では、まだぎこちない四拍子が、何度も確かめられていた。
軽音部、はじめての放課後
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