エラベノベル堂

軽音部、はじめての放課後

全年齢

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10章 / 全10

舞台袖の空気は、昨日までの部室よりずっと熱っぽかった。私は手のひらを握っては開き、深呼吸をひとつ落とす。隣で鈴木先輩がベースを肩にかけ直し、藤堂先輩がスティックを軽く鳴らした。 「七瀬、顔固いよ」 「だって、もうすぐなんですよ」 「うん、だから固い」 結城先輩のその一言に、思わず笑ってしまう。小野寺先輩は何も言わず、静かにキーボードの位置を確かめていた。いつものやりとり、いつもの顔。なのに、今だけは全部が少し違って見える。 「昨日まで、あんなにバタバタしてたのにね」 私がつぶやくと、鈴木先輩が肩をすくめる。 「バタバタしてた分、今ちょっと落ち着いてるのかも」 「落ち着いてるっていうか、もう腹をくくった」 藤堂先輩が笑う。 結城先輩は舞台のほうを見たまま、ふっと息をついた。 「ここまで来たら、あとは楽しんだほうが勝ちだよ」 その声は軽いのに、妙に背中を押してくる。私は頷いて、胸の奥に残っていた不安をそっと押し込めた。 やがて、合図が来る。照明の向こうでざわついていた空気が、演奏の始まりに向かって少しずつ静まっていく。最初の一音が出た瞬間、頭の中の余計な声はすっと消えた。 音が重なる。呼吸が合う。昨日まで何度も止まっていた場所も、今日は不思議なくらい自然に通り過ぎていく。私は指先に神経を集めながら、みんなの音を追いかけた。ひとりで弾いているんじゃない。そう分かった途端、緊張は怖さより、熱さに変わっていった。 最後の音が、きれいに空気へ溶ける。 一瞬の静けさのあと、拍手が押し寄せた。 「……やった」 誰かがそう漏らす。たぶん私だ。次の瞬間には、結城先輩が笑っていた。 「うん、やったね」 鈴木先輩は肩で息をしながらも、どこか誇らしげだった。 「結構、良かったんじゃない?」 「結構、どころじゃないでしょ」 藤堂先輩が得意げに胸を張る。 小野寺先輩は小さく頷いて、短く言った。 「音、ちゃんと届いてた」 その言葉が、なぜかいちばん胸に響く。私は息を吐いて、ようやく自分がずっと力を入れていたことに気づいた。 演奏が終わったあとの打ち上げは、ささやかだった。紙コップの飲み物と、少し残ったお菓子。けれど、その場は妙に賑やかで、今日のことを話すだけで何度も笑いが起きた。 「最初の入り、七瀬めちゃくちゃ真面目な顔してたよね」 「言わないでください」 「でも、その顔のまま弾けてた」 「褒めてる?」 「褒めてる」 今度は全員で笑った。 結城先輩が空になった紙コップを揺らしながら、少しだけ目を細める。 「こういうの、またやりたいね」 その一言で、部室の喧騒がふっと遠のいた気がした。大きな始まりではない。けれど、今日まで積み重ねた日常の延長に、また次がある。そんな予感だけが、あたたかく残る。 私は窓の外の灯りを見て、小さく笑った。 「……はい。また、やりたいです」

検閲済みプロット

軽音楽部に所属する女子高校生たちの日常を描く、明るく親しみやすい青春コメディ。部活動、友情、ちょっとした勘違いやハプニングを通して、賑やかな毎日と成長を描く。

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