エラベノベル堂

軽音部、はじめての放課後

全年齢

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9章 / 全10

「明日、ちゃんと来てね。みんなで立つんだから」 結城先輩の言葉が、まだ耳の奥に残っていた。私はうなずいたまま、机の上に広げたメモを見下ろす。昨日までの不安が少し薄れた気がしていたのに、朝の光を浴びた部室は、やけに現実味があった。 「来たはいいけど、なんか静かじゃない?」 鈴木先輩が首をかしげる。私はそこでようやく気づいた。さっきから足音ばかりが忙しく、いつものざわめきが足りない。 「それって、誰かがいないってことですか」 「そうかも」 藤堂先輩がアンプの脇をのぞき込み、すぐに顔をしかめた。 「え、これ……」 「どうしたの」 結城先輩が近づいた瞬間、空気がぴんと張る。私はその視線の先にあるものを見て、思わず息をのんだ。リハーサルで使う予定だった印が、ひとつだけ違う場所を向いている。 「並べ方、変わってる」 小野寺先輩が静かに言った。たしかに、昨日まで整えていた段取りが、ほんの少し崩れていた。 「大きな問題じゃないけど、合わせ直したほうがいいね」 結城先輩はすぐに判断する。 「七瀬さん、メモ持ってる?」 「はい」 私は慌てて手帳を開いた。ページの端に、昨日の確認事項が細かく書き込まれている。読むだけで少し息が詰まるほど、びっしりだ。 「順番、少しずれるかも」 「じゃあ、先にこっちを片づけてから、全体をもう一回見る」 鈴木先輩が言うと、藤堂先輩もすぐに頷いた。 「足りない分は、昨日みたいに分ければいいでしょ」 「うん。慌てるほどじゃない」 そう言いながらも、全員の手が自然に動き始める。私は印のずれた場所を確認し、結城先輩に伝え、鈴木先輩が必要な物を並べ直す。藤堂先輩は段取りの順を指先で追い、小野寺先輩は音の出る位置を目で確かめていく。 「ここ、先に入れると逆に楽」 「ほんとだ、こっちのほうが流れがいい」 「焦ってたら気づかなかったね」 言葉が飛び交うたび、ばらばらだった線が少しずつつながっていく。小さな修正なのに、見直すだけでこんなに違うのかと驚くくらい、空気が整っていった。 「七瀬さん、今の覚えた?」 「はい、たぶん……」 「たぶん、じゃない。もう入ってる顔してる」 結城先輩にそう言われて、私は思わず頬が熱くなった。でも、嫌な熱さじゃない。 リハーサルの順番を組み直したあと、私たちは互いの様子を見ながら立ち位置を確かめた。ひとつ変更が入っただけで、不安は増えるはずだったのに、むしろ前よりも見通しがよくなっている。 「こうやって直せるなら、本番もいけるかも」 私がぽつりと言うと、藤堂先輩がにっと笑った。 「今さらかもだけど、うちって結構しぶといよね」 「今さら言うな」 鈴木先輩が吹き出す。 結城先輩はメモを閉じ、私たちを順番に見回した。 「大丈夫。段取りは変わっても、やることは変わらない。合わせ直せたなら、それで十分」 その言葉に、胸の奥が静かに落ち着く。完璧じゃなくても、立て直せる。そう思えた瞬間、リハーサル前の張りつめていた空気が、少しだけ頼もしいものに変わった。 私は閉じかけた手帳をもう一度開き、最後の確認を書き足す。すると、その隣に結城先輩がさらりと一文を足した。 いける それを見たとき、私は思わず笑ってしまった。たった二文字なのに、やけに心強い。顔を上げると、みんなも同じように小さく笑っていた。 そして、次に何が始まるのかは、もう分かっている。

9章 / 全10

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