大会の予選会場は、朝からざわめきが途切れなかった。あおいが控え台へ向かうと、向かい側では青い腕章をつけた青年が、手際よく鍋を並べていた。名前は相良。商店街でも評判の店の跡取りで、効率のよさでは誰よりも目立つと聞いている。彼は分担された食材を無駄なくさばき、同じ大きさに切りそろえ、次々と仕上げていく。見物していた人たちは、その鮮やかな流れに思わず息をのんだ。あおいも目を奪われたが、すぐに視線を自分の手元に戻した。派手さで競うつもりはない。むしろ今日は、目に見えにくい部分で差をつける。 あおいはまず、根菜を洗うところから始めた。皮を厚めに残したものは別にし、形のそろわない端の部分は小さく刻んでだしに溶かす。鶏肉は塩をふって少し置き、余分な水気を拭ってから酒でなじませた。玉ねぎはすぐに火へかけず、弱い熱でゆっくり甘みを引き出す。祖母がいつもしていた、急がない下ごしらえだった。近道を選べば、そのぶん味は浅くなる。地味で、時間ばかりかかる作業でも、最後に残る輪郭は変わる。あおいはそれを信じて、手を止めなかった。 相良の台からは、調理音が絶えず響いていた。人を集めるのは確かにあちらだ。だが、あおいの鍋から立つ湯気には、静かに色が宿り始めていた。刻んだ野菜を別々に炒め、香りを移してから合わせると、ひとつの鍋の中に幾重もの層ができる。表面だけではわからない深みが、少しずつ広がっていく。試食に来た審査員が、最初は何気なく椀を持ち上げた。けれど二口目で箸が止まり、三口目には眉がやわらいだ。あおいはその変化を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。 大勢の視線が相良に向いていたはずなのに、やがて周囲の何人かが、あおいの台へと足を向け始めた。地味な下ごしらえでしか生まれない味が、ようやく届き始めたのだ。最後にあおいが椀へ注いだ澄んだ汁は、驚くほど静かな香りを放っていた。派手ではない。けれど、一口ごとに心がほどけていく。見物客のひとりが小さくうなずき、別の誰かが思わず笑った。その瞬間、あおいは気づく。注目を集める力は一つではない。急ぎ足の技だけでなく、待つことで深まる味も、人を呼ぶのだ。
あおい、料理大会へ
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