エラベノベル堂

古い映画館の声

全年齢

小説ID: cmnhjkgd3001g01mzifa5wsp8

2章 / 全10

私はまた、映画館へ来てしまった。今度は学校帰りじゃない。わざわざ寄り道して、夕方のまだ青い空を背に、くすんだ看板の前に立った。扉を押すと、前と同じ冷たい空気がすっと迎えに来る。なのに今日は、最初に聞こえたのが映画の音ではなかった。 客席のすみで、かすかな音がした。ぱり、と紙を指で鳴らしたみたいな、でももっと遠くて、もっと細い。私は思わず立ち止まり、首をかしげた。怖い、というより、なんだろうと考えるほうが先だった。音は一度消えて、それから今度は、誰かが小さく笑ったようにも聞こえた。 「また来たのか」 ロビーの奥から館長が現れた。ぶっきらぼうな声なのに、私の顔を見た瞬間、ほんの少しだけ肩が下がった気がした。 「今日は静かにするつもりだったのに」 「静かにしてるよ。音がしただけ」 「音?」 私はすぐに客席へ指を向けた。 「あっち。たぶん、すみのほう」 館長は眉をひそめたまま、懐中電灯を持って歩き出す。私はその後ろにぴたりとついた。暗い通路は、古い家具の裏を歩くみたいに、少しだけ冒険らしかった。席の列を抜けるたび、椅子の布がふわりと古い匂いを返す。 音は止まったり、また始まったりした。耳をすませると、スクリーンの下の方からも、壁の中からも聞こえる気がする。私は立ち止まって、前に見つけたへこんだスピーカーを思い出した。もしかしたら、どこかの線がゆるんでいるのかもしれない。あるいは、昔の上映のために仕掛けられた何かが、今も残っているのかもしれない。 「ねえ館長、これ、わざと残してるの?」 「勝手に決めるな」 「じゃあ、違うの?」 館長は答えず、客席のすみを見上げた。その横顔は、いつもより少しだけ疲れて見えた。私は気づかれないように、ひじ掛けの裏をのぞき込む。そこに、古びた紙片が挟まっていた。折り目だらけで、文字は薄い。でも、誰かが丁寧に隠したものに違いない。 私はそれをつまみ上げて、館長に見せた。 「これ、なに?」 彼は一歩だけ近づき、紙片を見たあと、急に視線をそらした。 「……昔の忘れ物だ」 「忘れ物って、そんなところに?」 「映画館には、そういうものがある」 また、あの音がした。今度ははっきり、席の奥から、静かな拍手みたいに響く。私は紙片を握ったまま、にやっとした。 「ねえ。これ、絶対まだ秘密あるよね」 館長は小さく息を吐いた。その顔は困っているのに、どこか観念したみたいでもあった。私は胸の奥が少し熱くなるのを感じながら、次はどこを調べようかと考え始めた。

2章 / 全10

TOPへ