私は翌日も、映画館のロビーへ入り込んだ。客席に行く前に、まず案内板の前で足を止める。黄ばんだ木枠の中に、上映時間が書かれた札が並んでいたが、どれも同じ題名で埋まっている。数字の並びは妙に几帳面で、古い紙の端には、書き直した跡まで残っていた。 「ずっとこれなの?」 聞くと、館長はカウンターの向こうで伝票をめくったまま、しばらく黙っていた。 「それしか回していないんじゃない。回さざるを得ない日もある」 「どういうこと?」 「子どもは、そういう言い方をするときがあるな」 はぐらかされた。けれど私は、そこで引き下がらない。案内板の下には、昔の上映表を差し込む細い金具があり、そのすき間に別の紙が挟まっているのを見つけた。そっと抜き取ると、そこには手書きのメモが重ねてある。特別上映、音響点検、予備巻き、そして最後に小さく、客を驚かせるな、とあった。 「これ、前からあるの?」 館長の手が一瞬止まった。彼は窓の外を見て、それから低い声で言った。 「昔は、映画だけじゃ客は来なかった。だから、少しでも楽しんでもらおうとした連中がいた。案内板も、上映表も、毎週変えてた。目立つことをしたがる奴が多くて、こっちは頭を抱えたものだ」 言い方はぶっきらぼうだったけれど、声の奥に、懐かしさみたいなものが混じっていた。私はメモを胸の前で握りしめる。 「じゃあ、同じ映画ばかりなのは、昔の名残?」 「それだけじゃない」 館長はようやくこちらを見た。いつもより少しだけ目の奥がやわらかい。 「同じ作品なら、説明しなくても済む。客に余計な不安を与えなくていい。ここは、変わり続けるのが苦手な場所だ」 「でも、それだと、もったいないよ」 私は案内板の横に貼られた、色あせたチケットの半券を見つけた。日付は十年以上前で、そこには小さな丸印がいくつも押されている。見送るみたいな印、迎えるみたいな印、そして最後に、また来る人を待つみたいな印。 「昔の映画館って、もっといろんなことをしてたんだね」 「……していたさ」 館長はそう言って、札を指先でそっと整えた。その仕草が、古いアルバムのページをめくるみたいに見えた。私は案内板の向こうに、知らない時間がまだ折りたたまれている気がして、妙にわくわくした。秘密はまだ全部ほどけていない。でも、ここには何かを隠したいのではなく、失いたくないものがある。そんな気がして、私は次に見るべき場所を、もう一つ思いついていた。
古い映画館の声
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