エラベノベル堂

旧校舎の壁画と失踪

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1章 / 全10

旧校舎の話は、昼休みになるたびに誰かが持ち出す定番の噂だった。講堂の裏手に回り、ひび割れた渡り廊下を抜けた先の壁に、なぜか色鮮やかな壁画が残っているという。描かれているのは、制服姿の生徒たちが肩を寄せて笑う姿だった。夕焼けみたいな橙の光に包まれ、見上げるこちらまで少し温かい気分になると、そう言う者もいれば、じっと見ていると目が離せなくなると言う者もいた。 僕は最初、ただの古い飾りだと思っていた。だが、放課後に友人の真鍋に誘われ、半ば暇つぶしの気持ちで旧校舎の近くまで行ったとき、その壁画を見て、胸の奥がわずかにざわついた。笑っているはずの顔が、どれも少しずつ違う。ひとりは口元だけが妙に引きつって見え、ひとりは視線の先を見失っているようだった。ぱっと見はにぎやかな群像なのに、よく見るほど落ち着かない。 「こんなの前からあったっけ」 真鍋が首をかしげる。僕も同じ疑問を抱いた。古い絵にありがちな色あせではない。塗り重ねたばかりのような鮮やかさがあり、それなのに端のほうだけ、長い時間に洗われたようにくすんでいる。風が吹くと、壁そのものが息をしているような気さえした。 その日の帰り、校内でひとつ妙な話を聞いた。二年の生徒が放課後から姿を見せないらしい。教室にも部活にも現れず、連絡もつかないという。大げさな事件ではないはずなのに、さっき見た壁画の笑顔が頭から離れなかった。偶然だと笑い飛ばすには、あまりにも噂がぴたりと噛み合いすぎていた。 翌朝、僕はもう一度、旧校舎の前へ向かった。立ち入り禁止の札は風に揺れているだけで、誰かが本気で守っている気配は薄い。窓の向こうに沈んだ廊下を見上げると、壁画の中のひとりが昨日より少しこちらを向いているように見えた。気のせいだと言い聞かせても、視線がじわりと追ってくる感覚は消えない。 ただの噂にしては、あまりに静かで、あまりに目立たない。けれどその静けさこそが、かえって不穏だった。僕は真鍋と顔を見合わせ、誰にも言えない小さな冒険を始めることにした。旧校舎の壁画は、何かを隠している。そんな予感だけが、まだ何も起きていない朝の空気の中で、やけに鮮明に胸へ残っていた。

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