昼休みの終わり頃、校内はいつもより落ち着かない空気に包まれていた。二年の佐伯が朝から姿を見せない。その事実だけで、教室のざわめきは一段高くなった。部活の連絡網は空振りし、スマートフォンにも返事がないらしい。誰かが冗談めかして家出だと言い、誰かが病院ではないかと囁く。だが、どの声もどこか地に足がついていなかった。僕は窓の外を見ながら、ふと旧校舎の壁画を思い出した。笑っているのに目が合う、あの妙な絵だ。 真鍋も同じことを考えていたらしく、購買のパンを片手に僕の机へ寄ってきた。 「佐伯、昨日、旧校舎のほうに行くって聞いた」 その一言で、胸の奥が冷えた。噂と失踪が、見えない糸で結ばれた気がしたのだ。放課後、僕たちは人目を避けるように旧校舎へ向かった。校舎裏の渡り廊下は、昼でも薄暗い。窓ガラスには埃が積もり、風が抜けるたびに古い木材が小さく鳴った。 立ち入り禁止の札は相変わらずぶら下がっていたが、鍵のかかったはずの扉の脇に、誰かが通ったような細い擦れ跡が残っていた。真鍋が指先でなぞり、顔をしかめる。 「誰か、ほんとに入ってる」 そう言われると、冗談では済まない気がした。僕は奥の壁へ目を向けた。あの壁画は、昨日より少しだけ輪郭が濃く見えた。制服姿の生徒たちの笑顔は変わらないのに、ひとりだけ空いたような余白が、目に刺さる。 その瞬間、廊下の奥から風が吹き抜けた。紙片のようなものが足元を滑り、真鍋が拾い上げる。古いメモだった。滲んだ文字で、旧校舎、午後四時、三階の広間とだけ書かれている。差出人の名はない。けれど文字の癖に、どこか見覚えがあった。佐伯のノートに似ている。真鍋と顔を見合わせたまま、僕たちは言葉を失った。 壁画の中のひとりが、ほんの少しだけ口元を緩めたように見えた。錯覚だと切り捨てるには、あまりにもはっきりしている。旧校舎は、ただ古いだけの場所ではない。誰かがそこに何かを残し、今もなお、僕たちを呼んでいる。学校中が騒ぎ始めたその日、僕は初めて、壁画の伝説が本当に生きているのかもしれないと思った。
旧校舎の壁画と失踪
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