放課後の薄い光の中で、僕たちは靴音を殺しながら旧校舎の渡り廊下を渡った。空気はひどく乾いていて、窓枠の隙間から入る風だけが、どこか遠くの楽器みたいに鳴っていた。真鍋は先に立ちながらも、何度も肩越しにこちらを振り返る。立ち入り禁止の札は相変わらず揺れているのに、もうそれだけでは止められない気がした。 三階の広間に出ると、壁画は昨日までと違って見えた。制服姿の生徒たちが笑っている構図は同じなのに、中央にいたはずの男子が端へずれている。その隣に、空白だった場所を埋めるように別の女子の顔が浮かんでいた。塗り直したような鮮やかさではない。まるで、絵のほうが夜のあいだに席替えでもしたみたいだった。 「これ、誰かが描き足したんじゃないよな」 真鍋の声は妙に小さかった。僕は壁に近づき、指先を浮かせたが、触れる直前でやめた。絵の表面にはひび割れも、上書きした痕も見えない。なのに、並びだけが変わっている。落書きならもっと雑になるはずだし、いたずらなら、こんなに整ってはいない。 そのとき、階段の下から物音がした。僕たちは息を止めたが、現れたのは用務員の小林先生だった。片手にバケツをぶら下げ、僕たちを見るなり眉をひそめる。 「お前ら、まだここにいたのか。昼に掃除班が騒いでただろう、絵の位置が変だって」 言い方は叱っているのに、先生自身もどこか腑に落ちていない顔をしていた。 掃除班が見たという話は、さらに話をややこしくした。昨日は中央にいた人物が、今日は右寄りにいる。誰かが冗談で校章の貼り替えみたいなことをしたのでは、と最初は笑い話だったらしい。だが、確認した生徒の誰も、壁に近づいた覚えがないという。ましてや、描かれた顔のひとつが、見覚えのある誰かに似ていると気づいた途端、笑いは引っ込んだ。 真鍋が壁の下に落ちていた紙片を拾った。古い学級新聞の切れ端で、端に見慣れた字が走っている。旧校舎に入るな。壁が人を呼ぶ。あまりに突飛で、けれど、妙に切迫した文面だった。僕たちは黙った。怖いのに、目を離せない。怪談として語ればいくらでも盛れるが、実際の教室のざわめきや、誰かの焦りが混ざると、ただの噂では済まされなくなる。 壁画の笑顔は相変わらず穏やかだった。だがその並びは、朝見たときより明らかに違っている。僕たちは原因を探すために来たはずなのに、気づけば、絵のほうに試されているような気分になっていた。ここから先は、記録を集めるだけでは足りない。旧校舎は、僕たちの知っている学校より少しだけ、別の顔を持っているらしかった。
旧校舎の壁画と失踪
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