エラベノベル堂

沈みゆく船と楽団

全年齢

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1章 / 全10

最初の揺れは、譜面台の脚が床をかすかに鳴らしただけだった。次に来た衝撃で、弦が一斉にざわめき、金管のベルが微かに跳ねた。豪華客船の大広間では、シャンデリアの光が一度だけ大きく揺らぎ、演奏の最後の和音が空中でほどけた。 客席から上がったざわめきは、最初は宴の続きのようにも聞こえた。だが、誰かの短い悲鳴がそれを裂くと、空気はたちまち薄い氷のように張り詰めた。楽団員たちは互いに目を見交わし、次の音を探すより先に、今起きたことを理解しようとしていた。 指揮者のレオンは、棒を握ったまま一歩前に出た。顔色は変えず、しかし視線だけが素早く客席、舞台袖、通路へと走る。彼の胸の内には、演奏を続けるべきか、それとも人々を落ち着かせるべきかという迷いが、波のように寄せては引いていた。だが迷いに沈む暇はない。ここにいる全員が、自分の役目を思い出さなければならなかった。 「止めないで」 誰かが小さく言った。その声は、恐怖に震えながらも、はっきりと場を支えていた。レオンはうなずき、弓を下ろしかけていた弦楽器たちに視線を送る。沈黙は不安を育てる。音楽は、少なくとも今この瞬間、客たちの足元に見えない手すりを差し出せるかもしれない。 船は確かに傾いていた。床のわずかな斜面が、靴底をじわりとずらす。団員たちは互いの椅子や譜面の位置を確かめ、転倒を防ぐように身体を寄せ合った。クラリネット奏者のミナは唇を噛みながらも、指先だけは冷静にキーの感触を確かめる。打楽器担当の青年は、壊れやすい楽器を押さえ、客席のざわめきを見つめた。 レオンは深く息を吸った。今必要なのは、完璧な演奏ではない。混乱に呑まれないための合図だ。彼は静かに腕を上げ、残っていた団員たちも、それに応えるように姿勢を正した。音が再び生まれるなら、そこには意味がある。船のどこかで何が起きていようと、この場にいる者たちの心を、まだ暗闇へ落とさないために。

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