地方都市にそびえる一流ホールへ初めて足を踏み入れたとき、蓮は思わず息をのんだ。天井は高く、壁は深い色の木で整えられ、昼の薄光さえ音を含んでいるように見えた。ここで鳴る一音が、遠くまで届く。新人調律師として配属された自分に、その重みがいきなりのしかかってくる。 案内された舞台裏は、表の華やかさと違って乾いた空気が漂っていた。搬入口から運び込まれる台車の軋む音、誰かの短い呼び声、遠くで試し弾きする低い響き。蓮は胸の内でそれらを一つずつ確かめながら、調律室の鍵を受け取った。最初の仕事は、今夜の公演で使うピアノ三台の点検だった。 一台目、二台目は指先に返る感触も音の抜けも悪くない。だが三台目に触れた瞬間、蓮は眉を寄せた。鍵盤の戻りがわずかに重い。内部の響きも、同じ会場で育ったとは思えないほど痩せている。古い、というだけでは片づかない傷み方だった。蓋の縁に細かな打痕があり、譜面台の下には拭いきれない水染みの跡が残っている。 「それ、使うやつですか」 思わず漏れた声に、近くの舞台係が面倒そうに肩をすくめた。 「問題ないよ。見た目ほどじゃない」 その軽さに、蓮は手袋の下で指を強く握った。楽器は道具である前に、音を預ける相手だ。雑に扱われた痕跡は、音になって必ず返ってくる。彼はもう一度内部を覗き込み、ほこりの積もり方や弦の摩耗を確かめた。そこだけ、誰かが意図して避けたように不自然に傷んでいる。 背後で低い声が交わされた。客演の手配、リハーサルの順番、誰が責任を取るか。会話はすぐに途切れたが、空気だけが妙に尖って残った。蓮は工具箱を閉じ、三台目の鍵盤にそっと手を置く。ほんのわずかな違和感だった。だが、このホールでは、そのわずかさこそが何かの始まりになる気がした。 彼は深く息を吸い、舞台袖の暗がりを見た。音を整える仕事は、ただ弦を合わせるだけではない。ここには、音の裏に隠されたものがある。そう感じた瞬間、蓮の初日はもう、ただの点検ではなくなっていた。
ホールに響く真実
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