エラベノベル堂

仮面夜会の招待状

全年齢

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1章 / 全10

アカネは終電の少し前、蛍光灯の白い光がじわじわと疲れを浮かせるオフィスで、画面の同じ数字を何度も見直していた。今日も明日も似たような報告書、似たような会議、似たようなため息。肩に溜まった重さを、彼女は帰り道のコンビニスイーツで誤魔化すのが習慣になっていた。 駅へ向かう途中、コートのポケットの奥で、紙の角が指先に触れた。そこに入っていたのは、友人から渡された小さな招待状だった。黒地に銀の箔で、日時と場所だけが短く記されている。素性を明かさず参加できる夜会、仮面を着けた者だけが入れる特別な集まり。半信半疑で話を聞いたときは、冗談か、あるいは大げさな遊びだと思っていた。 だが、招待状は妙に本物めいていた。厚手の紙、香りの残る封蝋、そして最後に添えられた一文。今夜のあなたに、少しだけ別の顔を。たったそれだけなのに、胸の奥で眠っていた好奇心が、かすかな火をともした。 アカネは立ち止まり、駅前のガラスに映る自分を見た。くたびれた通勤服に、少し伸びた前髪。会社での自分は、いつも予定された返事しかできない。けれど、仮面の下なら、誰にも見られずに別の呼吸ができる気がした。見知らぬ誰かと、名前を気にせず話せるなら。気まぐれに手を伸ばしても、日常は壊れないはずだ。 会場は街の中心から少し外れた、古い洋館だった。門をくぐると、控えめな灯りが石畳を照らし、窓の向こうには揺れるシャンデリアの気配が見えた。受付で渡されたのは、白い仮面と薄いカードだけ。彼女は浅く息を吸い、指先で仮面の紐を結んだ。 鏡に映る顔は、もういつものアカネではなかった。名も、役職も、過去の失敗も、今夜は一度だけ棚に上げてよいらしい。扉の向こうから漏れてくる音楽は静かなのに、どこか心拍に似ていた。アカネは胸の高鳴りを押さえきれず、知らない世界へ続く一歩を、軽い冒険のつもりで踏み出した。

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