包囲網が締まり、倉庫の内外で怒号が交錯した。葉月は出口を塞ぐ男を見上げ、瞬時に悟る。救援のはずの連絡は、最初からここへ誘導するための囮だったのだ。だが驚きは一拍だけで飲み込んだ。男の腕章は上層の直轄を示している。ならば、この先に本丸がある。 「遅かったな」 男は笑わないまま言った。葉月は呼吸を整え、膝をわずかに曲げる。逃げ道はない。だが、追い詰められた場所こそ、人は最も大きくほころぶ。彼女はわざと目線を外し、背後で崩れる箱の音に紛れて、拾った複写を袖の奥へ押し込んだ。 「遅いのは、あなたたちのほうです」 返した声は静かだった。男の眉が動く。その一瞬を、葉月は見逃さない。彼女は出口脇の配電盤へ体を滑らせ、蓋の隙間に指を差し入れた。先ほど確認した配線は、外の監視灯へつながっている。もしここで非常照明を落とせば、組織の焦りはさらに増す。葉月は迷わず接点を弾いた。 倉庫の照明が一斉に瞬き、次いで半分が落ちた。暗転に近い混乱の中、誰かが証拠箱を運び出そうとしてぶつかり、書類の束が雪崩れる。葉月はその隙に男へ踏み込み、腕を払いのけた。体格差はある。それでも、相手は守るべきものが多すぎて動きが鈍い。彼女は床に散った帳面の中から、赤い印の押された鍵束をつかみ取る。 それは中枢区画の鍵だった。葉月はそれを握りしめたまま、非常扉へ飛び込む。扉の先は狭い階段で、その上に取引の中枢がある。金庫のような部屋、帳簿、通信端末、そして名簿。すべてがそこに集まっているはずだ。背後で男の怒声が響いたが、もう遅い。 階段を上りきった先、鉄扉の向こうに小さな執務室があった。机の上には、取引の予定表と複数の拠点を結ぶ配送図、そして見覚えのない名前が並ぶ一覧が広がっている。葉月は息を呑んだ。末端の取引ではない。港はただの受け渡し口で、組織はもっと大きな流通網を持っている。しかも、その中には彼女の上司の名が、薄く書き換えられた跡つきで残されていた。 外ではすでに包囲が完成しつつある。葉月は机の端末を手に取り、最後の記録を送信した。ここで押さえた情報が、全体をひっくり返す。だが、画面に表示された送信先の表示を見た瞬間、彼女は眉をひそめた。転送先は本部ではない。長く空白だった匿名回線だった。葉月は顔を上げる。送られた証拠が、次に暴くべき相手を静かに告げていた。
潜入捜査官、罠を破る
全年齢小説ID: cmnkiyux8000001s2ptmisbom
